国語史資料の連関 このページをアンテナに追加 RSSフィード

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2012-04-02

[]琉球言葉片言のようでありながら(火野葦平「琉球物語」琉球の言葉は片言のようでありながら(火野葦平「琉球物語」) - 国語史資料の連関 を含むブックマーク はてなブックマーク - 琉球の言葉は片言のようでありながら(火野葦平「琉球物語」) - 国語史資料の連関 琉球の言葉は片言のようでありながら(火野葦平「琉球物語」) - 国語史資料の連関 のブックマークコメント

「ウンジュ、ヌマガナー、ハナサピヲ」

 サトはそういつて、ころころと笑つた。八重歯と金歯とが白く光つた。

「サキ、ヌダイ、ウタ、ウタタイシ、か」

 私もそれに応じて笑つた。

 前に来たとき、いろいろな言葉をならつたが、使わないのでほとんど忘れてしまった。琉球言葉片言のようでありながら、すこぶる上品な古語転訛《てんか》されて用いられたりしていて、興趣がふかかつた。あなたということを、ウンジユという。ウンジヨウとはつきり聞くこともあり、それは雲上かと思うと大層奥床しい。サトがウンジユ、ウンジユ、というので、こちらからもウンジユというと、それは目上や対等の人にいうことで、あたしには、ヤー(お前)といつてくれなくてはいけないと築われた。琉球では日本から来たということが嫌われる。九州の一角なのに、離れ島なのでうつかりこの言葉が出る。他府県といわねぱならぬのである。私たちは、大和《やまと》んちゆの新《あり》くだりといわれた。朝、床のなかにいると、表を通る物売りのけたたましい声で、眼をさまされる。パンコムソーレー、そういつているように聞えるがわからない。パン売りで、パンを買い候えといつているのだと説明してくれた。そういえば、語尾の候はなかなか優雅である。ウチャムヅチ、クミソーしー、お茶を持つて来て下さいである。珊瑚座に組踊「人盗人《ひとぬすびと》」がかかるというので、二人で観に行つたことがあるが、開幕時刻すこし前になると、表にいる座名入りの半纏を着た男が、拍子木をたたいて、へーべートメンソーレー、とどなる。早々と参り候えというのだ。サトから言葉をならつて、ときには方言で簡単な話をしたこともある。眼の大きなのをメンタマー、肥えたのをクェターというらしく、あたしはメンタマー、ウンジュはクェターなどともいつた。そんな日目で、いま不意にサトがいつた、「ウンジュ、ヌマガナー、ハナサビラ」という言葉、つまり、あなた、飲みながら話しましよう、という言葉が、私とサトとの夜の生活のきつかけをなすようになつていた。そこで私も、「サキ、ヌダイ、ウタ、ウタタイシ」酒飲んだり歌うたつたりして、と返事していたのである。いま忘れていた言葉がなめらかにさそいだされた。

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