国語史資料の連関 このページをアンテナに追加 RSSフィード

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2007-04-26

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明治四十年(一九〇七)十一月の雑誌「趣味」

竹内久一東京婦人の通用語



今の若い婦人は上流も中流もおしなべて、一種の妙な言葉を使つて居るではないか。自分の事をアタイだの、また否《いや》だと云ふ事を否《いや》ヨだの、夫《そ》れから何とかしてゝヨとか、よくつてヨとか、以前は上流社会では勿論、中流以下の女でも、普通の家では斯《こ》んな言葉を使つたものでない。然るに今では夫れが東京の婦人の通用語となつて、小説などを見ても、皆な此言葉を使つて居る。(中略)

斯んな言葉は、元来何処の通用語かと云ふに、東京の或る一部に江戸時代からあつたもので、決して田舎言葉でもなければ、明治になつてから出来た言葉でもない。夫れが上流社会の婦人間に、何時頃から行はれ出したかと云ふに、明治十年前後からであらう。兎《と》に角《かく》明治の初年には、広く行はれて居ない言葉だ。(中略)

アタイだの、否ヨだの云ふ言葉は、あれは元来|芸妓屋《げいしやや》の言葉なんだ。(中略)併《しか》し其芸妓にしろ、アタイなんて云ふ言葉は、同輩の間に使つたもので、お客の前へ出ては無論、姉えさんに対しても、以前は決して使はなかつた。必らずアタシと言つたものである。又よくつてヨとか否ヨとか云ふ言葉は、今でも能く下地《したじ》ツ子が使ふが、以前から然《そ》うであつた。併し之れとても内輪の通用語で、他所《よそ》行き言葉ではなかつたものだ

 其芸妓屋の内輪で使つた言葉が、如何《どう》して上流の家庭に入つて、奥様やお嬢様の通用語となつたかと云ふに、維新の功臣として、時めいて御座る人達の奥方には、芸妓上りの婦人が幾らもある。其婦人達が互ひに往来して親しく交際する婦人と云ふは、之れも同じ勤め上りが多い。乃《そこ》で談話を交へるにも、お互ひに昔の言葉が出る。また子供に向つても可いンだヨの、よくつてヨなどと云ふ様な言葉を使ふ。乃で、子供は夫れを聞き覚えて、外へ出ても其通りを遣《や》らかすと云ふ風になつたので、遂に今日の如く、アタイや、よくつてヨが一般の通用語となつたものであらう。

 僕の此《この》観察は、恐らく外れて居はしないと思ふ。其証拠には、今の言葉が流行り出したは、芸妓《それしや》上りの奥様に出来た子供が、学校へ通ひ出した頃からである。明治の初年頃には、前にも云つた如く、今の様な言葉は一般の婦人に行はれて居なかつた。


森銑三『明治東京逸聞史』

飛田良文「現代日本語の形成」新日本語講座日本語の歴史 汐文社

飛田良文『東京語成立史の研究』東京堂出版

水原明人『江戸語・東京語・標準語』講談社現代新書 1994.8 p69-71

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