藤岡好古

国語史・日本語史周辺(日本文学・日本史・言語学などなど)の覚書です。
最善の説を記録しているものではありません。変な説も記録しています。
書誌として不完全です。
項目の形に規準はほとんどありません*
「検索」ボタンを活用して下さい。 岡島昭浩がやっております。 一部、JSPSの15H01883,18520354などの恩恵を受けております。

2020年1月末に消えるそうですが、移転先は未定です。

藤岡好古

 フヂヲカ ヨシフル 藤岡好古 国文學者、弘化三年正月江戸浅草に生る本姓青山氏、藤岡良左衛門の養子となる堀秀成の門に入りて國學を修め言語學を研究して造詣する處深く終に一家をなす明治五年六月教部省に出仕し権少講義を兼ぬ六年三月田島神社權宮司となり少講義に進む尋で生國魂神社禰宜兼權中講義に轉じ七年二月皇太神宮權大講義となり十一年三月神宮主典に轉じ十五年二月權宮司兼權少教正に進み正七位に叙せらる十八年八月權宮司を辭し十九年三月神宮教院辨理に擧げられ二十一年十月大教正に進む二十六年七月神宮教事務取扱となり三十年十二月神宮教管長に推さる三十二年九月神宮奉齋曹長となり三十三年十月神部署参務員仰付られ從六位に叙せらる四十一年五月臨時假名遣調査委員仰付られ正六位に進む大正元年九月神宮神部署主事となり四年九月東京府神職會に擧げられ六年六月十七日、日本大學宗教科の開講式に臨み講演中腦溢血にて歿す年七十二、青山墓地に葬る特旨を以て從五位に叙せらる校訂音義全書の著あり好古神道界に盡瘁すること數十年、常に皇室國體の尊厳及び國民道徳を講演して風教に資すると共に神職を誘掖指導して斯界に貢献する處少なからずまた國語學の研究を専門雑誌に或は講演會に發表して其の發達に資せし處多し子好春綬を嗣ぎ神宮神部署主事及び神宮奉齋會理事ξして斯界に重きをなす(武田叉八氏稿)


http://www.let.osaka-u.ac.jp/~okajima/uwazura/daijinmei/hu/hu029.html
書籍からの画像で注記のないものは、著作権法上の「引用」の範囲内であるか、著者の著作権が切れて刊行後五十年以上経っているものである筈です。