潁原退蔵「ねまる考」

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潁原退蔵「ねまる考」

潁原退蔵

『方言と国文学』3

『潁原退蔵著作集』16


【ねまる】

ねまる考

 芭蕉の「奥の細道」の中に、

   涼しさを我が宿にしてねまるなり

といふ句がある。尾花沢の清風といふ者の許に数日滞在して、長途の旅の労れを休めたをりの吟である。この句のねまるといふ語は、出羽地力の方言をそのまゝ用ひて一句の興としたのであるが、元来この語は出羽地方のみならず関東・奥羽・北陸一帯に亙つて行はれた方言で、古くは木下長嘯子の「挙白集」にも見える。同書巻八「はじめてあづまにいきける道の記」の中に、小田原の宿のあるじの言葉をそのまゝに写して、

明くれば玉だれのこがめに酒少し入れて、粽めくもの御前にとてさし出づ。あるじの男にやあらん、けふはめでたきせちに候、一盃けしめされ候へかしと、あひだちなくいふもかほまぼられぬべし。しどけなきことうちかたりて、いましばしねまり申べいを、某がだむなのえらまからんとてたちぬ。

と言つて居る。この事は夙く其角がその著「類柑子」中にも引用し、嚮の芭蕉の句について「道の記の一体民語漸くかはるなどいへるにつけて、とみに東国のだみたる詞を一句にして、風流を発されたるこそよき力草なるべけれ」と評してゐる。又万治元年頃の作と推定される浅井了意の「東海道名所記」の中にも、遠州西坂(新坂・日坂)の条で、その地の田舎女の言葉を、

楽阿弥はこれをもしらず、大いびきこと/゛\しうかきて前後もしらずふせり。女聞いてあらおせらし《マヽ》、山かゞちのねまり申したるよな。云々

と写して居る。それから寛文七年刊「奴俳諧」にも、

   短夜に星の親ぢの月澄みて

     端居にねまり呑むは大酒

   ふら/\と市のかりやをのめり出で

といふ句が見える。この「奴俳諧」は当時の関東方言の中でも特に荒つぽい所謂|奴《やつこ》言葉を句毎に用ひた特殊の俳諧である。

 以上の例で見ると、ねまるといふ語は江戸時代の初め頃から、東国方言の中でも特に耳立つ言葉として注意されてゐたやうである。――長嘯子が始めて関東に行つたといふ年代は、今明かにし難いが、慶長頃でもあつたらうか。――さてその語義については、「物類称呼」に、

居《すわ》るといふ事を日向及北陸道又下野辺にてねまるといふ。

とも、又、

ねまるとは居るといふ事にて奥羽加賀抔にていふ古代の詞なり。

とも言つて居る。ねまるが坐す意の言葉である事は、夙く「下学集」態芸門に「踞《ネマル》」とあり、又貞室の「片言」にも、

それに坐し給へといふ事を、そこにねまれといふは北国言葉なり。踞の字をねまるとよみ侍れば苦しかるまじけれど、などやらんふつゝかなる言葉のやうにおぼゆかし。

とある。現に今日居る、坐す等の意でネマルが用ひられて居る地方は少くない。それでは嚮にかゝげた芭蕉の句は、やはりこの意に解して然るべきであらうか。

 「奥の細道」の註釈書として最も名高い「菅菰抄」を播くと、

按ずるにねまると云ふ詞に二義あり。北国のねまるは他国にて居《スワ》ると云ふ詞に当るべし。又関東にて卑俗の言葉に寝はらばふ事を打ねまると云。此句意を考ふるに、翁の北国の詞を聞給ふは此行脚の時初なる故に、羽州のねまるを関東のねまると同様に思ひあやまり給ふにや。

と言つて、ネマルに二義ありとし、而して芭蕉は誤つて寝はらばふの意に用ひたのだと解してゐる。しかしわざ/\芭蕉が出羽の方言を用ひたとすれば、かうした誤をしさうな筈はなく、梨一の解はとにかく徹底して居ない。果せる哉「句選年考」の著者石河積翠はこの説を駁して、

按ずるに菅菰抄の作者梨一は越前の国の者なり。さるによつて羽黒の詞不案内にて、かく翁のあやまりにやと疑ふなるべし。その身知らぬ事を以て其の地に正しく遊杖して吟じたる詞を難ぜしはいかにぞや。此の詞をねまると云ふ。尾花沢に尾花塚と云ふ有り。是は「糸薄蛇にまかれてねまりけり」といふ発句塚なり。是はその地の土民薄が蛇にまかれてねまり申したと語りけるを、芭蕉すぐさま発句に綴りける由、是やはり薄のねたる事をねまると申せしなり。

と大いに気焔をあげて居る。説の前後は分らないが寛政五年芭蕉百回忌に浪速の八千坊駝岳が選んだ「蟋蟀巻」にも、これとほゞ同じく、

    涼しさを我がやどにしてねまるなり

  ねまる  北国にて他国に居ると 関東にては卑俗の詞ねる

       いふ詞とぞ      をうち寝まると言

  尾花沢尾花塚といふ有り。

    糸薄蛇にまかれてねまりけり

といふほ句塚あり。是は渠地の土民薄が蛇にまかれてねまり申したと語りけるを、そのまゝほ句につくられしとぞ。旅にしあれば民語やうやくいとさまかはりたること草と思ふなめり。

とある。――「句選年考」の成つた年代がはつきり分らぬが、駝岳は或は積翠の説を知つて書いたのかも知れぬ。――積翠説によれはネマルは尾花沢地方でも明かに寝るの意である。駝岳説は些か不明たが、やはり寝る説らしい。いづれにせよ梨一以下の説に従へば、芭蕉の句のネマルは寝はらばふ意と解するのが穏当らしい。

 芭蕉の句をかう解すると、「片言」や「物類称呼」にネマルを北国方言と言つてゐるのと矛盾はないか。現に芭蕉のこの句でも、巣居の「桃青翁句彙」(寛政十年)などには、やはり、

出羽奥州の方言なり。居《スワ》るをねまると云ひならはせり。

と解して居る。芭蕉の句の場合、かう解してもともかく不合理はないのである。よつて姑く江戸時代文献について、その実際の用例を検して見よう。さきにあげた「挙白集」と「東海道名所記」の例では、どうしても寝るの意と解する外はない。「奴俳諧」の場合は寝る、居る、いづれにも解されるが、まづ自堕落に寝そべつて居る方がふさはしい様にもある。なほこの外の例を今多く持ち合せないが、近松浄瑠璃の中に二、三見当る。

大星由良之介殿といふはこの屋台にねまりめさるゝか(碁盤太平記)

お先手はそれそこへ、御荷物積んでなぜ舟にねまらないと、北国訛りの半かうびたひ、越後国守長尾殿、滋賀の山越この津より御帰国とこそ知られけれ(信州川中島合戦、一)

車右衛門がねまり申して手をつかへる。こりやさ拝み申す、くれ申せ(心中宵庚申、上)

 前二例はやはり寝ると解してよいが、最後の例はどうしてもすわる、若しくはつくばふ等の意でなければならぬ。これら僅かの用例から推定するのはなほ早計かもしれぬが、とにかくすでに「片言」でネマルは坐るの北国方言だと言つて居るくらゐだから、当時この語がさうした意義で用ひられる地方と場合とがあつた事は認めねばならぬ。而して一方「挙白集」や「東海道名所記」等によつて、少くとも江戸の初期時代相模・遠江などでは寝る意に用ひた事も明かであり、又元禄の頃出羽の尾花沢でもやはり寝る意に用ひたとすれば、この意味に於ける用法は奥羽地方にも及んでゐたわけである。しかも近松の最後の用例遠州浜松での言葉であるから、当時遠州では寝る、坐ると両意の用法があつたと見なければならない。かうして見ると「菅菰抄」に言ふ如く、大体東国では寝る意、北国では坐る意に用ひられたのかもしれないが、同じ地方でも場合により両意に用ひられたのではあるまいか。これは今日この語の用ひられる地方での用法を調査する事によつて、更に確かめられるであらう。而してこの両義のいづれが原義でいづれが転義であるかも知りたいが、常識的にいへば勿論寝るが原義らしく考へられる。しかしこれはさう遽かに定められるべき事ではなからう。

 最後にこのネマルといふ方言に、今一つ全く別な意義での用法がある事を附記したい。それは肥前五島地方――なほ他地方でも行はれてゐるかもしれないが――では、食物特に飯の腐敗する事をネマルといふのである。これは東国北国方言とは全く別系統の語のやうであるが、更に考へるとやはり「飯が寝てしまつて用をなさぬ」といふやうな響愉的な用法から腐敗する意に転じたのではあるまいか。今日ネマルといふ語の地方的分布と、その意義異同とを調査して見る事は、かなり興味多いことであらうと思ふ。                                         (昭和七、三、二九)

 追記 江戸長唄の「遅桜手爾葉七字」中にある名高い越後獅子の文句「そこのおけさに異なこと言はれ、ねまりねまらず待ち明かす」――これはその前の文句に「田舎訛片言交り」と言つてゐる通り、越後方言として用ひられてゐるのである。なほこの長唄は箏曲の地唄「越後獅子」に基いてゐるのだが、地唄の方には「ねまりねまらず」の文句はない――を引用するつもりで忘れたが、これは勿論寝る意と思はれる。木村架空氏の「新釈奥の細道」にもこの「越後獅子」の文句引用してゐるが、しかも氏は「ねまるは羽越地方の方言で坐すること。寝ころぶにはあらず」と言つてゐる。錦江の「奥の細道通解」は石河積翠の説を引いただけで格別の説はない。樋口功氏の「奥の細道評釈」にも積翠の説が引用されて、寝るは誤用らしいが、とにかく芭蕉の句の場合は寝る意とせぬでは通ぜぬと説いてゐる。なほ江戸末期のネマルの用例についても述べたいが、あまり長くなるから一先づ欄筆する。

書籍からの画像で注記のないものは、著作権法上の「引用」の範囲内であるか、著者の著作権が切れて刊行後五十年以上経っているものである筈です。