松翁道話

国語史・日本語史周辺(日本文学・日本史・言語学などなど)の覚書です。
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2020年1月末に消えるそうですが、移転先は未定です。

松翁道話

しようおうだうわ

   松翁道話  三巻 布施矩道

 心學の教訓書なり。神儒釋老の格言より、狂言綺語因縁俗談に至るまで巧に應用して説教すること親切なり。文化十一年甲戌〔二四七四〕平安手島堵庵男正揚の序、鎌田鵬?の跋あり。

 ◎布施矩道は伊右衛門と通稱し、松翁と號す。京都松原の邊りに住たり。石門の教を信じ富岡に就て性理学を極めたりといふ。

http://www.let.osaka-u.ac.jp/~okajima/uwazura/kokusyokaidai/s2/kokusyo_si148.html

新潮日本文学大辞典 白石正邦森銑三

岩波日本古典文学大辞典 石川松太郎



岩波文庫 石川謙校訂

 天明元年丑の夏比。或國の太守樣へ。御出入りの町人が。鯉を獻上したれば。其鯉を大きな器物《いれもの》に入て。御座の間の縁先へ御取寄せなされて。御覽の上鯉をたゝひて見よと仰られたれば。近習衆が鯉の脊を扇でちょっとたゝくと。忽ちはち/\/\とはねる拍子に側あたりへ水が散々にこぼれた。殿樣《とのさま》莞爾《にっこ》と御笑ひなされて。皆能う合点が往たかと御尋なされても。各々《みな/\》はつといふたばかりで。何の事やら合点が行かぬ。夫で殿樣仰らるゝは先づ。斯見た所では此器物は一國の姿よ。中の鯉は一國の主にして。水は一國の民百姓じゃ。よって。一國の主が我まゝに身うごきすると他國へ水がこぼるゝ慎しまねばならぬ。國の主ふつゝしみなる時は。他國へまでも恥をこぼさねばならぬと仰られた。是甚だ有難ひ御示しじゃ。一軒の内でも旦那殿が不行跡《ぶぎゃうせき》なと。世間へ恥をふるまふ。恥ばかりじゃない。金銀財賓までこぼさにやならぬ。大事の事じゃ。學問といふは外の事ではなひ。爰の事じゃ。朝から晩まで天地の移り行有樣。皆教にあらざるものはない。きのふの過を知りて今日あらため行ふを則道に進む人といふ。吉凶善惡共に教にあらざるものはなひでござります。

 和州久米寺の因縁は。通力自在の仙人が。布さらす女の脛の白ひを見て。通を失ひ落たといふ事。此樣な恥さらしな事までを因縁として。久米寺といふを御建立なされた。是何の爲ぞ末世末代のものへの御教化じゃ。どの樣な知識方でも戰々兢々の愼みを忘るゝと通力を失ふ。況や今日の銘々共日々新にの吟味がなひと。通力は失ひ通しじゃ。御内儀樣の顏の白ひが氣に入ると。親御樣方が麁末になる。是等よっ程通を失ふたのじゃ。夫から家がつぶれる。末世末代の恥さらし。イヤ/\こちらはめつたに通を失ふては居やせぬと思ふてござろふけれど。油斷はならぬ。久米の仙人じゃとて。どこぞに脛の白ひ女があらば。通力を失ひたひものじゃがと。うろ/\さがして來たでも有まひけれど。ついフイ/\と出來心。あぶなひものじゃ。兎角物には取られやすひ心じゃ。じゃによって。どなたも本心を御知りなされてごろうじませ。本心がイヤなら。此やうにうごきはたらくは何の所爲ぞ。御工夫なされてごろうじませ。

 一休和尚因縁物語にむかし川が牛へ陷つたゆへ。今又牛が川へはまると仰せられたれば。或人難じて。川が牛へ陷とはどふしたものでござりますと問たれば。一休和尚。こなたは知るまひが。前かた其川の水を牛が呑みましたわいの。夫で川が牛へ陷たといふに違ひはござらぬと仰られた。面白ひ事じゃ。是が是因縁果報の遁れぬ事を。能合点せよと御示しなされたものじゃ。

 むかし虚空が人を呑んだゆへ。其報ひで又人が虚空を呑といふ樣なもので。其虚空を呑だ人が又虚空を吹出すと。其吹出された虚空が。又人を吹出し。せんぐり同じ樣な事をしてゐる。即今《いま》此樣にものいふたり。見たりしてゐるが。いつの間にやら虚空へ這入つて。消て仕廻ふかと思へば。又虚空から出て。見たり。聞たりしてゐる。どちらが本眞《ほんま》じゃ知れるものじゃない。夫で色即是空の空即是色のといふてある。此やうにものいふてゐるが色。いふて仕廻ふた跡は虚空で空。空かと思へば。又ものいふ。能した細工じゃ所詮人に。なり詰めにもなられず。虚空に成詰めにもなられぬ。さうして見れば。何とつまらぬものは此骸じゃ。虚空が本眞か。此骸が本眞か。どちらが本眞のものじゃ。ちつと吟味してごろうじませ。先死だ先キの虚空の詮義より。今夜寢た時の骸はどこにあるぞ。どこへやら失ふて仕廻ふた。其失ふた骸も尋る心もすっぺらぽんと。丸で虚空に呑れたか。消て仕廻ふたか。權兵衞八兵衞もどこへやら消て仕廻ふた。どふも是ばっかりはせう事がない。夫でも。夢見るはどふしたものととふてござるが。夫はまだ本眞に呑れなんだのじゃ。虚空に何ぞ差支が有て。しばらく其用に遣はれてゐるのじゃけれども。やつぱり虚空の中へ。這入てゐるに違ひはなひ。其證據にや其夢を實事と思ひ。汗水に成てかなしんだり。悦んだりしてゐる。其用が濟で仕廻ふと。丸で虚空じゃ。覺やせぬ是ばっかりは。どの様に意地張つても叶はぬ。けれども目が明とサアしてやつた。我からだ取返したやうに思ふてゐる。其思ふてゐるものぐるめに。此虚空の御力に預からにゃ。生きてゐる事がならぬ。鼻と口とから往來《いきゝ》をなさりゃこそ。此やうに見たり聞たり。うごき働く。此自由自在は誰がするのじゃ。是は誰が手車。お長殿の手車。手車賣の親仁の辭世に。

  「くる/\とめぐりて今こゝに立置《たておく》卒都婆《そとば》コリヤ誰《たれ》がのじゃ天の車が一周天《ひとめぐり》すると。世界中が動く。大キな天車じゃ。夫もしらずに。いかに自由が出來るとてあつかましい。おれが骸じゃ。おれがものじゃ。おれが家じゃと。うそはづかしいもなふ。能言はれた事じゃ。其やうな寢とぼけたものゝ目を。覺してやらんと。一休和尚七月精靈祭に

 「山城の瓜やなすびを其まゝに手向けとなれや加茂河の水

「何と大きな精靈祭じゃなひか。今年出來た瓜も精靈。なすびも精靈。加茂河の水も精靈。桃や柿や有りの實も精靈。死だ亡者も精靈。生て居るものも精靈。祭る人も精靈。此精靈達が打寄て。無心無念の御對面。扨々有難やと思ふたばかり。たゞ一體の精靈祭。則是を一心法界の説法ともいふ。法界則ち一心なるゆへ。一心則法界。草木國土悉皆成佛祭といふものじゃ。何と面白ひ道理をこしらへたものじゃなひか。此道理の合点の行かぬ人は。毎年/\西方十万億土から。はる/゛\御出なさる樣に思ふて。御馳走申はよひけれど。此暑ひ時分に。節季かけて。御客樣が御出なされて。扨々いそがしひと思へど。せねば氣がすまず。すれば世話しく十五日の暮合の御歸りを早ふ御見立申たら。身のいひわけも濟やうに。思ふてゐる。すつきり川が牛へはまつてゐるのじゃ。虚空と此骸と塀切《へきり》してゐるゆへ。ねつから合点が行ぬ。聾に上るりかたつて聞かすやうなもので。とんとわからぬ

 屋根へ上りたれば下りねばならず。井戸の内へ這入たれば上らねばならぬ。今日の道じゃ大きに違ふたやうに思へど。皆無心境界の働が見へぬ。夫ゆへ少々銀でももふけると。此骸の中へ這入樣に思ひ。又損すると。骸がかけて取れるやうに思ふ。日々あゆんで一歩もあゆまず。日々喰ふて一粒も喰はず。是は誰が事じゃ。無ひもせぬ生死をほぢくり出して。難儀してゐるものへの目覺しじゃ。夫でもやつばり。我すきな所にへばり付ふとするゆへ。算用が間違ふて。色々様々の事が出來る。此算用違ひの種を吟味してごろうじませ。種がなふてめつたに。間違ひは出るものじゃない。

 此春在邊へ參りました節の噺に。麥に黒部《くろべ》といふ物が出來る。麥と同じ樣な顏してゐるけれど。麥の出來揃ふ時分には。まつ黒に成てくさつて仕廻ふ。何の役に立ぬものじゃ。同じ麥がどふして此樣に。黒穂《くろべ》になるぞといへば。去年刈込時に。いまだ熟せぬ青麥がまじりて有を。一〓《ひとつ》に取込んだものじゃ。其麥を蒔く時まじりて有たが黒穂になるじゃ。じゃによって。種は大體。吟味せにやならぬものじゃ。今日我思ふ事の自由にならぬは。きのふ蒔た種が。青麥がまじりて有たゆへ。すつきり黒穗に成てくさって仕廻ふ。今朝からあなた方も。どの樣な種を御蒔なさつたぞ。もし青麥なら。引ぬひて御仕廻なされ。黒穂に成てからは。役に立ぬぞ。ちつと骨折て吟味さへすりやよいものが出來る。よいものにせうと悪ひものにせうと種次第じゃ。本心を御會徳なさつた。御方々の内にも。もう是でよいと思ふて。青麥を取込で御ざる御方々はなひか。黒穗に成てからは役に立ぬ。序に是も御清落なさって下さりませ。

 近在百姓衆じゃが。能心得た人があるものじゃ。子供が三人ある。宗領は百姓を仕込み。弟二人は近在へ丁稚奉公に遣る。中息子は大工の所へ奉公にやり。末子は米屋へ奉公にやる。丈夫なものじゃ。何ぼしくぢつても氣遣ひげがなひ。骸に覺へた事は賣事もならず。急に質に置事もならぬ。夫でせう事なしに身業《みすぎ》が出來る。やぶ入に兄弟寄合ても。農工商あるゆへ。相談が出來やすひ。是等は種を吟味するのじゃ。黒穗にせぬ積りじゃ。又奉公するにも。子供の時から大家にうか/\暮したものは。どふも仕樣のなひものじゃ。よい事ばっかり見習ふて。ちつと智惠付く時分に手代に成て。子供/\と灰吹たゝき。御公家樣の落胤《おとしご》の様な心持に成て。氣ばっかり高ぶり。自身は其樣にも思はぬけれど。いつの間にやら高い所へ上りてゐる。天神橋の眞中まで行《い》て見ると。大屋根の上にあがりてゐると同じ高さじゃ。けれど。夫程には思はぬ。よつぽど足もとに氣を付ぬと。思ひの外高ひ所へあがりてゐるものじゃ。さうなると落し穴へ踏かぶる下地じゃ。其踏かぶり所といふは。先鍋燒貝燒すつぼん汁。美しひとうろう鬢《びん》の女中が。にた/\笑ふと。咽がかはき。どふぞ仕樣はなひ事か。山寺の御小僧は。豆腐は喰ひたし錢はなし。百兩の突留にあゆみをはこぶ垢の身の。金相場米市と。段々立身出世して。終に身なげ首くゝり。滿眞《まんま》と落し穴へ踏かぶつて仕廻ふた。きのどくなものじゃ。よって大家に御勤めなさるゝ衆は。大體此身に立歸る事を御稽古なさらぬと。滿足には勤り難《にく》ひ

 又大阪東堀に。或|富家《ごうか》の息子殿。十二三才の時分から。京都の先生の方へ。月々十五日づゝ預け。下男のかはりに。めし焚たり。水を汲だり。庭廻りさうじしたり。一ヶ月を京と大阪と十五日づゝの勤じゃ。夫でなければ。大家の旦那に成て家は持れぬ。事2長者1知らねば。終に我まゝが出て。家をつぶして仕廻ふ。是等は親御の有難ひ思召じゃ。

 河内の金岡新田《かなおかしんでん》に。源七樣といふ人がある。其下百姓に。五兵衞樣といふて夫婦共かせぎの百姓。子供が二人ある。其子供を奉公に出すに。親方を聞合てござる。隨分喰物の惡ひ仕着の悪ひ。むごふ使ふてくれる親方へ奉公に出して。悦んでござる。盆正月の藪入前《やぶいりまひ》には。子供の御主人へ行て。こなたの御勝手に藪入をさしなさつて下さりませ。親方がいつ比にやらふといはしやると。又弟の奉公をしてゐる御主人へ行て。あなた樣の御勝手が大事なくば。いつ比に藪入を。おさしなさつて下さりませぬかと尋て。もし其日差支があれば。兄の親方へ行。日を延て兄弟一所に藪入する日を究て待てゐる。扨兄弟一所に藪入すれば。無事な顏見て悦び。馳走にきらずめしを焚。其めしは米貳分に。きらず八分ぐらいにして。自身も喰へぬ物こしらへ。兄弟の子供にすへ。汁は赤味噌の眞黒な汁に。ちんからりか。鹽物ならば。鹽のからいを燒物にして。さあ/\祝ふて下されと。自身も一所にすわり。うまさふに喰ふて見せる。二人の子供は一向喰へぬ物なれど。是非なく少づゝ喰て仕廻ひ。扨是から氏神樣へ御禮に參る序に。一家中道行衆の禮も仕廻ふて來る。其留守中に。菜をたんと入れ。きらず雜すひ焚て置と。女房にいひ付出て行。其御内儀樣が近所へ行て。泣てござる。けふは子供が藪入いたしました。一年一度の藪入に。かわひそふに。きらずめしに。ごとみそ汁。どこでやら喰はれもせぬ。ごとみそをもらふて來て。夫を焚て喰はすのじゃ。先程子供がめし喰間は。よう見ていませなんだ。裏へ出てゐました。あの樣なむどく心《しん》な人も。めつたになひものじゃ。夫に戻てから喰ふほどに雜粥焚て置けといふて置れましたと。近所のばゞかゝ達が泣くらべじゃ。扨親仁樣が子供をつれ戻り。さあ/\腹がへつた。めしを喰ませうと膳にすはれば。菜ばっかりの雜すひじゃ。兄弟ながら其雜粥を喰て仕廻ひ。弟が兄さん今夜泊らんすか。いや/\今夜は去《い》ぬ。そんならわしもいぬると。一夜さも泊らずにげて去ぬ。跡で涙をこぼしてこざる。其殘つたきらずめしも。雜すひも。米を入て焚直し。乞食にやつて仕廻やれ。在所の乞食さへ。能喰ぬものこしらへて。子供に喰はすのじゃ。きつひ吟味の仕樣じゃ。此くらいに種も吟味せにや人前て人は出來ぬ。夫で此子供が。喰物の惡い仕着の惡ひ。人づかひのむごひ。親方を大切にして勤てゐる。皆黒穗にならぬ仕様じゃ

http://ir.u-gakugei.ac.jp/handle/2309/106063
書籍からの画像で注記のないものは、著作権法上の「引用」の範囲内であるか、著者の著作権が切れて刊行後五十年以上経っているものである筈です。