有坂秀世「古代日本語に於ける音節結合の法則」

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有坂秀世「古代日本語に於ける音節結合の法則」

http://www.let.osaka-u.ac.jp/~okajima/PDF/arisaka/on-insi/06.pdf

有坂秀世

 上代國語に存在する音節結合の法則については、既に「古事記に於けるモの仮名の用法について」(國語と國文學昭和七年十一月號)の中にその概略を記したのであるが、その後古事記日本書紀及び萬葉集東歌防人歌を除く)の全體に關する調査を終へて、次の三つの法則の存在を確信することが出來るやうになつた。

  第一則 甲類のオ列音と乙類のオ列音とは、同一結合單位内に共存することが無い。

  第二則 ウ列音と乙類のオ列音とは、同一結合単位内に共存することが少い。就中ウ列音オ列音とから成る二音節の結合單位に於て、そのオ列音は乙類のものではあり得ない、

  第三則 ア列音と乙類のオ列音とは、同一結合單位内に共存することが少い、

ここに結合單位と稱するものは、普通の言葉でいへば語根又は語幹に略相當する。語を結合單位に分析するについては、すべて次の方針に據る。

  (1) すべて複合語は、その構成要素に分析する。その上で、

  (2) 動詞はその語幹をー結合單位とする。派生動詞は、接尾辭サブ(ウマヒトサブ、カムサブ等)及び接尾辭ナフ(イザナフ、ウシナフ、オトナフ、ツミナフ、トモナフ、ニナフ等)を含むものの外、すべて單純動詞と同様に扱ふ。

  (3) 形容詞の中、所謂ク活用に屬するものは、その語幹を以てー結合單位とする。シク活用に屬するものの中、コホシ(戀)トキジ(非時)トホトホシ(遠々)の如きは、それぞれ動詞コフ(戀)名詞トキ(時〕及びク活用形容詞トホシ(遠)と關係がある故、コホ、トキ、トホを以て一結合單位とする、併しトモシ(羨)タノシ(卒)ヨロシ(宜)の如き場合には、シを取り去つた殘りのトモ、タノ、ヨロだけで果して意味をなすものかどうか疑はしい故、これらはシのついた形トモシ、タノシ、ヨロシ等を以て一結合單位とする

  (4) 用言活用語尾は、すべて結合単位の中に入れない、

  (5) 接頭辭及び接尾辭は、用言を作る接尾辭を除く外、すべてそれ自身でー結合單位を成すものと認める。又動詞を作る接尾辭サブ(上二段)及び接尾辭ナフ(四段又は下二段)も、その附屬する語根との接合状態に、音節結合の法則の關係することが無い故、亦それ自身一結合單位をなすものとする。

これらの方針については、別に一定の演繹的根據があるわけでぱない。奈良時代言語に於て、音節結合の法則が、大體どの位の範圍について行はれてゐるかをありのまゝに觀察し、なるべく廣く一般に通ずるやうな法則を立てて見たまでのことである、

 なほ実際に材料を扱ふに際しては、上の(1)については人によつて随分見解を異にすることがあり得る。ナミダ(涙)ぱナキミヅタリ(泣水垂)の約であるとか、サルタビコ(猿田彦)はシリアカルテラビコ(尻明光彦)の転であるとか、何とでもこじつければいくらでも細かく分析することが出末る。それ故、なるべく牽強附会に陥ることを防止するために、語を結合單位に分析するには次の方針を採つた。

  (1) 果して分析し得るものかどうか疑はしい場合には分析せすにおく。

  (2) 意義不明の語句は研究材料の中からしばらく除外する

  (3) 固有名詞は、一見して語原の明かな場合のほか、すべて研究材料の中からしばらく除外する。

後二項の解決は之を後日に期せんとするものである。又(1)の方針に拠る時は、實は一層細かく分析し得るものを分析せすに扱ふやうになるおそれがあるけれど、それは現在の所止むを得ない。

ア列 613811934163.0
ウ列 22411041421.5
オ列30124001015.8
オ列000000000

ア列 44610131911.1
ウ列 003001374.1
オ列000000000
オ列3310431310152014484.7

 この表は、例へば「コ」の下の縦列についていふと、「コ」(清濁共)が同一結合単位の中でア列音、ウ列音、甲類及び乙類のオ列音の各と共存する例の数(結合單位の種類の数)を示すものである。但し「モ」の下(オ列甲の欄)に於ける「モモ」(百)や、「と」の下(オ列乙の欄)に於ける「とどこホ」(滞)の如く、同じ音が同一結合單位内に二つ共存する場合には、同一結合単位を二回数へてある。これによると、甲類のオ列音か好んでア列ウ列音及び甲類のオ列音とは結合しながら、乙類のオ列音と結合することは決して無く、又乙類のオ列音が好んで同類のオ列音とは結合しながら、異類のオ列音とは決して結合せず、ア列音やウ列音と結合することも比較的少いといふ事實が一見して明かになるであらう。




 奈良時代國語に於ける音節結合の法則が、いはゆる母音調和の法則の名残なるべきことについては、既に卒業論文の中に述べておいた。その後池上禎造氏も亦略同様の説を發表されたことがある(「国語・國文」昭和七年十月號)。さてもしさうとすれば、古代國語に存在した母音調和の法則は果してどんなものであったらうか。まづア列音 (a)ウ列音(u)及び甲類のオ列音(o)に對應する古代母音が陽性、乙類のオ列音言)に對應する古代母音が陰性であったことはいふまでもない。甲類のイ列音(i)の祖先が中性であったことも略間違ひは無からう。甲類のエ列音(e)の祖先も、他國語母音調和の例から推すならば、中性又は陰性でありさうに期待されるが、奈良時代文獻にあらはれた所では、甲司のエ列音は實際のところ陽性相當の場所にしかあらはれて來ないのである。(古事記の志祁去岐が唯一の例外であるが、これは疑はしい。第一「シケこシ」といふ語は他に一つも用例が無いし、去の字を字音假名として用ゐるのも古事記ではここー個所だけである。それに真福寺本でぱ志祁志岐となってゐる。)乙類のイ列音及び乙類のエ列音の先祖が母音調和の上で占めてゐた位置を考へるについては、私がかつて「国語にあらはれる一種の母音交替について」に於て述べたやうな母音交替を發生せしめた音韻變化との關係を考へておく必要がある。格助詞ナがただ語根被覆形にのみついて露出形には決してつかないこと、又語根被覆形が一般に音節結合の法則に合してゐること(ただ一つの例外は「とマ」留であるが、これは前に述べた通り、他の語形からの類推で新に出来た形かも知れない。)などから考へると、被覆形露出形よりも一層古い時代語形の面影を存してゐること、又母音調和の法則はこれらの音韻變化(幾回に起つたかは分らない。)の起った時期よりも前から既に存在したこと、從つてそれらの音韻變化(前稿に挙げた二段又は四段母音交替を発生させた音韻變化だけがこの段の音韻變化の全部であつたかどうかは疑問である。)に通ずる特徴は末尾の母音の變質にあったこと、などがかなり可能性の多い事柄として考へられて來る。かやうに考へると、乙類のイ列音及び乙類のエ列音の祖先の中には、この種の音韻變化によつて他の音から分化したものも(假に全部はさうでなかったとしても)かなり多からうと思はれる。それらの音は最初から母音調和の法則とは無関係に、寧ろ母音調和を部分的に破壊した所の音韻變化によつて発生したものである、それ故、國語にかつて存在したと考へられる母音調和の法則を明かにするためには、これらの音韻變化の實状を今少し詳しく研究して見る必要があらうと思はれる。

http://www62.atwiki.jp/kotozora/pages/14.html

書籍からの画像で注記のないものは、著作権法上の「引用」の範囲内であるか、著者の著作権が切れて刊行後五十年以上経っているものである筈です。