井上翠編『井上ポケット日華辭典』

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2020年1月末に消えるそうですが、移転先は未定です。

井上翠編『井上ポケット日華辭典』

井上翠

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1872029


日華辞典

中辞典


日中兩國同在東亞建國。自古交通往来不絶。漢書地理志夙記倭國之事。我國奈良平安兩朝與隋唐交通漸盛。學問留學生入唐研學求道者絡繹於途。又有唐商来泊。彼此關繋愈密接則語言之講究亦愈緊切。然當時語言如何取法。不可得而知也。按史書小野妹子使隋有通事鞍作福利隨從。學問僧入唐有譯語随行。咸重譯方能通意。其煩累自不待言。迨徳川時代清國商舶来泊於崎陽。僅由通事能交換意思而已。故語言之書寥寥無幾。及至近世清國留學生渡東求學者年盛一年。明治之末留學生東京者幾逹數萬。於是乎日語之研究大流行。語言文法之書陸續出現。邦人學習華語亦逐漸加多矣。兩國人士不藉通事能疏通意見。蓋始於此時。可謂劃一新紀元焉。是亦爲世界大勢激發而使然也。邇來東亞局面將愈多事。而我國識者逹觀宇内形勢。論及中日關係。動輒曰唇齒輔車共存共榮。其説固甚善焉。然其聲浪徒大。而其實效無可覩者何哉。凡天下事坐而言則易起而行則難。講求兩國語言者雖日加多。而揆之兩國人口總數。不逎九牛一毛耳。語言〓隔情意悖戻。何由以聯親睦之誼乎。若欲學共存共榮之寳。則莫如以語言爲樞紐。聯絡彼此感情。則兩国睦誼益敦。可以望亞東永遠之和平矣。若果如斯則吾此著豈徒然哉。

昭和六年五月井上翠識於浪華城霞亭

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