中田祝夫『古点本の国語学的研究

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中田祝夫『古点本の国語学的研究

中田祝夫

http://webcatplus-equal.nii.ac.jp/libportal/DocDetail?txt_docid=NCID%3ABN01835115



序 日本學士院會員 文學博士 春日政治

自序

凡例

第一編 漢文の讀法

 第一章 漢文音讀

  第一節 平安時代における音讀の遺存

  第二節 漢文音讀の衰微

  (附論)文選讀について

 第二章 漢文訓讀

  第一節 訓讀および訓讀の起源

  第二節 上代における漢文訓讀の證跡

  第三節 奈良時代漢文訓讀

  第四節 平安時代古點本奈良時代訓讀語調との關係

 第三章 點本の起源とその成立

  第一節 平安朝最初期の加點本

  (附論)點本における種々の問題

  (その一)點、移點、點本

  (その二)訓點本の尊重

  (その三)訓點本の時代區分

  第二節 訓讀語文の固定化とその國語史上の意義

  (その一)訓讀の師資相承

  (その二)音讀衰退と訓讀の師資相承との相關關係

  (その三)訓讀の固定傾向

  (その四)いはゆる訓讀文と普通文

  (附論)中・近世訓讀の沿革

第二編 ヲコト點の研究


第三編 ヲコト點の新問題


第四編 略體假名の研究


第五編 訓點本論考

 第一部 主としてヲコト點に關する論

 第二部 平安初期訓點本の國語學解説に關するもの

 第三部 主として國語史に關する試論

  漢語の源流について

  中古音韻史上の二・三の問題

  ハ行動詞音便形の考察

  漢文國語文體の一種であるといふ論について

 中田祝夫氏の「古點本の國語學的研究」が成り、先づその總論篇が版に上つた。紙數實に千有餘頁、眞の大著といふべきである。この書は我が國に於ける漢文の讀法を示す點法成立・發達を、現存古點本によつて實證的に考察し、以て國語研究に資せんとするものである。この書の特長とすべき所は、もとより一二にして盡きないが、先づヲコト點に於いては在來の點圖集の各點法に、實存古點本のそれらを對照して、その異同を精査し、これを若干の群に歸納して、これが先後および分岐關係を考へ、以て一系統圖を作り上げた所に在る。これはこの書の數ある大きな業績の中の一つであつて、未だ嘗つて先學によりて試みられなかつたものである。次にヲコト點に件ふ略體假名については、その成立時代を討究し、その普遍的統一期を推定し、殊にヲコト點と共にその流派的字形を明かにした所は、亦從來の研究を遙かに拔いたものである。更に宗派若しくは學侶についてその所用點法の如何を究め、以て點法展開史上の位置を考へた條の如き、自ら新しく見出したる平安初期訓點をも加へ、數種の重要資料に對して、精緻なる解読を施し、國語學的利用の實地例を示した章の如き、さらには點本資料を援用して國語史上の諸種の問題を解明した箇所の如きは、亦この學の方法に好個の範を垂れたものといふべきである。惟ふにこの書は、點法といふ基礎的地盤を飽くまで整へた上に、訓點學の新體系を築かうと企てたものであつて、實にこの學あつて以來の斬新なる創見に滿ちた大著である。まさしくこの學の爲に一大標柱を立てたものといふべく、卓然その周圍を曠しくした感さへある。若しそれ相繼ぐ語彙・譯文・論考三篇の完成した曉には、如何に學界の目を刮らしめることであらう。抑明治以來の點本の考察に於いては、その目ざす所が局部の事に止まつた故にもよるが、點法の知識の極めて疎漫であつた爲に、その目ざす研究に不徹底を來したことは勿論、又大きな誤謬を冒すことさへ決して少くなかつたのである。今や點本著者不屈の努力により何人にもすべて容易にこれを飜讀し、一方の新文獻として國語研究の各部面に活用せらるべき時代となつた。點法の事の透徹した理解がなくて、どうして點本の眞の讀破が可能であらう。中田氏のこの著が、斯學同志を率ゐる大旆となることは言ふを待たない所である。

 顧みれば、昭和十五年三月、まだ學生であつた著者が、はるばる關門を渡つて我が福岡に入り、當時の斯道文庫に藏した一點本を見に來られたことを想ひ起す。氏は已に早くその頃より志をこの學に固くして、かの騷然たる戰時にも屈せず、普く天下に資料を探つたのである。而も一兩年ならずして、その調査した所を次々に發表して、常に前人をも凌駕する説を吐かれた。余の如きも氏の注意忠告に蒙を啓いたこと一再ならず、氏の發見資料に益を得たことも屡であつた。かくて昭和十九年四月、氏はその研究に一段落を告げ、「古點本の研究」といふ書名の下に、委細の目次を整へて、余に示されたのであつた。余は今更氏の精力の非凡なるに驚歎すると共にこれが上版の一日も早からんことを望みつつ、時の國情の空しく十年を經しめた憾みはあつたが、その間氏が更に新資料に渉り、幾たびか推敲を重ねたことは言ふまでもなく、今や茲に近來稀なる大著として、これが刊行を見るに至つたことは、まことに學界の爲の慶事でなくてはならない。余も亦歓喜に勝へず、氏の偉大なる努力を讃して、一言敍する次第である。

昭和二十九年六月十日

福岡にて

   春日政治

訳文

 地藏十輪經元慶七年點

 法華經玄賛淳祐古點

 法華經義疏長保四年點

 大唐西域記長寬元年點


書籍からの画像で注記のないものは、著作権法上の「引用」の範囲内であるか、著者の著作権が切れて刊行後五十年以上経っているものである筈です。