国語史資料の連関 このページをアンテナに追加 RSSフィード

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2010-02-03

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語源も定かでなく、当時「えた」の音で呼ばれていたにすぎない彼らの呼称に「穢多」などというきわめて差別的な意味の濃い字があてられるようになったのは鎌倉時代も末期のことであったが、そのようなことをあえてしたものはけっして民衆ではなくて、仏家(それも浄土教系のそれ)であったか、もしくは浄土思想に骨髓まで浸されていた公家であっただろう。

横井清「中世の触穢思想」横井清『中世民衆の生活文化』p.277)

参考

小谷野敦『退屈論』所引

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2010-01-27

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一九五三年(中略)「八頭身か?」「八等身か?」で一時大いにもめたが、国立国語研究所では頭と体の比率を現す一種の美術用語として八頭身に軍配をあげた。

荒垣秀雄編『現代用語辞典』

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