国語史資料の連関 このページをアンテナに追加 RSSフィード

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2018-04-04

[]南部弁と津軽弁井伏鱒二「久慈街道」南部弁と津軽弁(井伏鱒二「久慈街道」) - 国語史資料の連関 を含むブックマーク はてなブックマーク - 南部弁と津軽弁(井伏鱒二「久慈街道」) - 国語史資料の連関 南部弁と津軽弁(井伏鱒二「久慈街道」) - 国語史資料の連関 のブックマークコメント

中里さんの話では、南部領には子供の遊戲のうち、「泥棒ごつこ」といふのがあるさうだ。巡査が泥棒をつかまへて、訊問したり後手に縛つたりする眞似をする。その揚合、巡査の役をつとめる子供は必ず津輕辯で喋り、泥棒の役をつとめる子供は南部辯で喋る。これには理由がある。南部藩の者と津輕藩の者は、藩主、侍、百姓、町人に至るまで、昔からお互に反目してゐたといふ。現在でもお互に打ちとけない。だから南部領には、たいてい津輕領出身の巡査を差向けてよこすことになつてゐる。巡査が人民と打ちとけては拙い。買收とか贈賄とか間違ひが起り易い。津輕人と南部人の仲ならその心配がない。だから南部領では、巡査と云へば必ず津輕辯を使ふものときめてゐる。「泥棒ごつこ」の巡査も津輕辯を使ふ。しかし、南部辯には南部辯の味はひがあり、津輕辯には津輕辯の味はひがあり、相互にそれが入り混る訊問應答には、抱腹絶倒させられることがあるさうだ。

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2015-01-07

[]薄田泣菫「茶話」 薄田泣菫「茶話」 - 国語史資料の連関 を含むブックマーク はてなブックマーク - 薄田泣菫「茶話」 - 国語史資料の連関 薄田泣菫「茶話」 - 国語史資料の連関 のブックマークコメント

 店員は精々《せい/゛\》京都訛りを出さないやうにして、詳しく新案の談話《はなし》をした。この店員は自分の有《もの》を他人《ひと》に取られまいとする時には京都弁を使ふが、他人《ひと》から何か貰ひ受けたいやうな折には、努《つと》めて京都訛りを押し隠さうとする。

広告新案」大正6.8 冨山房百科文庫 p.349

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2015-01-06

[]正宗白鳥坂本龍馬正宗白鳥「坂本龍馬」 - 国語史資料の連関 を含むブックマーク はてなブックマーク - 正宗白鳥「坂本龍馬」 - 国語史資料の連関 正宗白鳥「坂本龍馬」 - 国語史資料の連関 のブックマークコメント

私は讀み乍ら、東北人たる作者が、西國の人と土地を書いてゐることを感じた。眞實に即した立場から云ふと、西國の地方色や西國人らしい情調に乏しいと云つていゝ。默阿彌の『島千鳥』の松島千太と明石の島藏とには、大まかながらも、東北人と中國人との面目が現はれてゐる。徳富蘆花の『黒潮』に出て來る肥後人や長州人にも、何處となくその出生地の面影が見られる。眞山氏の新作の人物には『土佐つぼ』らしいところや、長州人らしいところが、さう現はれてゐないやうである。言葉土佐訛り薩長土語を殆んど用ひなかつたのは、取つて付けたやうに所々に用ひるよりも、却つてサッパリしていゝのであるが、それにしても、臺詞に土の臭ひがない。田舍の青武士が一知半解の理窟を振り廻してあばれてゐるにしては、臺詞が調ひ過ぎてゐる。中村吉藏氏『井伊大老』などの幕末物の西國武士の無器用な、締りのない臺詞に、どことなくあの頃の若い下級の武士らしい趣きがあつたやうに思ふ。

(『文藝時評』中央公論)

真山青果全集月報 第十号(1941)第八巻


真山青果「坂本龍馬」


中村吉蔵「井伊大老の死」第四幕など

2015-01-05

[]汽車が逢阪山のトンネルを西へ抜けると、大阪弁が急に耳に押し寄せてくる(宇野浩二汽車が逢阪山のトンネルを西へ抜けると、大阪弁が急に耳に押し寄せてくる(宇野浩二) - 国語史資料の連関 を含むブックマーク はてなブックマーク - 汽車が逢阪山のトンネルを西へ抜けると、大阪弁が急に耳に押し寄せてくる(宇野浩二) - 国語史資料の連関 汽車が逢阪山のトンネルを西へ抜けると、大阪弁が急に耳に押し寄せてくる(宇野浩二) - 国語史資料の連関 のブックマークコメント

「僕は昔からかなり毛ぎらいをしたもんで、美校(美術学校の意)にいた時分なども、かなり友人たちを毛ぎらいしたもんで、殊に自分が大阪もんだけに、大阪人を非常に嫌がったもんや。東京から夏休みに帰る時など、汽車が逢阪山のトンネル(山城と近江の境)を西へ抜けると、ぱッと世界があかるくなるのは愉快やが、わッと大阪弁が急に耳に押し寄せてくるのんが何よりもむッとする。考えてみると、それは自分が大阪のまん中で生まれた生粋の大阪人であるので、尚更にがにがしい気がするんかと思う。それやから、学校にいても、大阪から来てるやつとは殆んど言葉をまじえんことにしていた。それは、日本人西洋に出かけると、日本人に出あうことを申し合わしたようにいやがるのと同じようなもんや。」

 ざっとこういう意見を古泉が述べた時、島木は心から同感の言葉を放ったものである。

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1135816/148

宇野浩二「枯木のある風景」

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2015-01-04

[]「地方言はきゝぐるしければ、普通の言に直しつ。」和辻哲郎(少年時代) 「[[地方言]]はきゝぐるしければ、普通の言に直しつ。」和辻哲郎(少年時代) - 国語史資料の連関 を含むブックマーク はてなブックマーク - 「[[地方言]]はきゝぐるしければ、普通の言に直しつ。」和辻哲郎(少年時代) - 国語史資料の連関 「[[地方言]]はきゝぐるしければ、普通の言に直しつ。」和辻哲郎(少年時代) - 国語史資料の連関 のブックマークコメント

子供 地方言はきゝぐるしければ、普通の言に直しつ。

子供の動作

▼子供の食事

 九月十七日の夕、僕は膳の前に坐つた。妹(五つなり)も母の側に座をしめてをる。

 御馳走はやき松茸であつた。ところが妹の膳の上にある松茸には、下女が醤油をかけるのを忘れてゐた。すると妹は直ぐ大声に、御母さん御醤油と叫んだ。つゞいて食事しながら、

  「アノね、御母さん、今目○○さんや○○さんと初茸とりに行つたの。○○さんは沢山取つてあたし等に見せびらかしてね、喜こんでいらつしやつたのに、ふと籠を松の木に当ててとり落しなすつたの。それで初茸はあちらへもこちらへも転がつてしまつたのですよ」

 とさも得意に話しては食ひ/\、母さんにもつと静かにと云はれてしばしばしきりに箸を動かして居たが、今度は少し眠くなつて駄々をこね始めた。

和辻哲郎『初旅の記』新潮社 pp.87-88

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