国語史資料の連関 このページをアンテナに追加 RSSフィード

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2014-05-02

[]「帰るお婿さん旦那あるよ」(長谷川伸) 「帰るお婿さん旦那あるよ」(長谷川伸) - 国語史資料の連関 を含むブックマーク はてなブックマーク - 「帰るお婿さん旦那あるよ」(長谷川伸) - 国語史資料の連関 「帰るお婿さん旦那あるよ」(長谷川伸) - 国語史資料の連関 のブックマークコメント

 新コにはペンキ屋の倅で阿丁《アチヨン》という友達ができた、阿丁は夜の市中散歩が好きな癖に怖がるので、用心棒に新コが一緒に歩くことたびたびでしたが、広東へ帰ってしまいました。阿丁のおやじは何とか隆と招牌の出ているペンキ屋でした。阿丁帰る何故ねとおやじに聞くと、破顔一笑とはこれかと思う顔をして、帰るお婿さん旦那あるよといいました。二十年もいて新しい日本女房に九ツを頭に三人も子が出来ているのに、今いったような日本語をつかうのでした。解釈するまでもないだろうが、広東へ帰したのは婿にゆく為め──金をもってだろう──そうして彼は旦那という地位にのぼる、そういう意味に新コには帰るお婿さん旦那あるよが判る。

 そのころでも流暢な日本語をつかう中国人が、勿論いたには居たが、多くは、これ幾何《いくら》あろな、わたし判らないよといった風だった。それがその後の年月《としつき》の間に、そんな言葉はだれも彼もが棄ててしまい、ずッと正則になった、と行かないまでも、正則に近いものになり、誤用するにしても、あなたあした居るあろか、ないあろか式でなくなりました。多分、以前の言葉開港当時の当用言葉が伝わったのだったでしょう、それが改訂されるようになったのは、一時多く来ていた留学生諸君が自らなる影響をつくったのでもありましょう。

長谷川伸『ある市井の徒』中公文庫 pp.104-105

DenizonurDenizonur2015/08/29 18:51That insight solves the prleobm. Thanks!

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2014-05-01

[]ベンジャミン・スミス・ライマン(長谷川伸「春興」) ベンジャミン・スミス・ライマン(長谷川伸「春興」) - 国語史資料の連関 を含むブックマーク はてなブックマーク - ベンジャミン・スミス・ライマン(長谷川伸「春興」) - 国語史資料の連関 ベンジャミン・スミス・ライマン(長谷川伸「春興」) - 国語史資料の連関 のブックマークコメント

 工部省お雇いの来曼《ライマン》氏は日本文も書けて、ちっとも日本人と変らないが、先生にただ一つ困ることは、「きのうはわちきが、おまはンの方へ参るはずでありましたが」などということだという記事が、明治十二年二月七日の「朝野新聞」にある。

 ライマンさんは米国人で明治五年に招聘《しようへい》されて渡日して来た。ベンジャミン・スミス・ライマンという地質学者で、多大な貢献と親切な寄与とを、わが国と人とにしてくれ、優れた門人を日本人から出してくれた。ライマンさんの日本学は驚くべき急速度で発達し、草書体日本字を読み、日本の古い文学にも深い造詣《ぞうけい》があったのだから「わちきがおまはンの方へ参るはず」なぞと、式亭三馬山東京伝が書いただろう江戸下町の乙《おつ》な言葉だって、口を衝いて出てくるはずであった。(日本文の『来曼先生伝』*1一巻がある由)

長谷川伸『生きている小説中公文庫 p.155

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2013-01-14

[]「支那語ではない。勿論日本言葉ではない」(三村竹清「一兵卒従軍記」) 「支那語ではない。勿論日本の言葉ではない」(三村竹清「一兵卒従軍記」) - 国語史資料の連関 を含むブックマーク はてなブックマーク - 「支那語ではない。勿論日本の言葉ではない」(三村竹清「一兵卒従軍記」) - 国語史資料の連関 「支那語ではない。勿論日本の言葉ではない」(三村竹清「一兵卒従軍記」) - 国語史資料の連関 のブックマークコメント

聞く所によれば、今度の支那事変には、支那人日本兵を皆先生《シイサン》と呼ぶさうである。これでも時代変化がうかゞはれる様な気がする。先生と呼んで灰吹の掃除は御免を蒙りたい。略字省字の事もあるが、活字が面倒さうだから止す。同文通考和楷正訛にもあつた様だし、古い所の如蘭社話にも出てゐるにはゐるが、自分は現在満洲で普通に行はれてゐる所を知り度かつたのだ。とにかく文と又と寸との濫用で、鶏といふ字は又扁に鳥、趙は文に走といふ調子だつた。併し日本の大安賣が大安売になるやうな事は無い。あんな無茶をするから侮られる。

 情事を〓〓《サイコ》々々といふ事は、兵隊も冗談に言ふし、向うでも巫山戯で言ふのだが、汪に聞けば、それは支那語では無いさうである。汪は日本語でせうといふが、勿論日本言葉では無い。或は朝鮮語のナクナクが訛つたのだらうといふ人もあつたが、其ナクナクとは何を朝鮮では意味するのかも知らぬから話にならぬ。此外に開路《カイロ》々々といふ言葉がある。往く事も返る事も、総て開路々々で、日本兵も支那人もこれで通用してゐる。これは恐らく日本の帰るといふ言葉からきたのであらう。かういふ新語が出来て、それがあとへ残つて、いくつかの方言を留めて行くのではあるまいか。メシメシといふのもその一ツである。或日一人の老爺が興奮して本部へやつて来て、わめいて何か訴へてゐる。書いたものを見せるから、取つて見ると、馬梅西がどうかしたのを日本兵が拒んでどうとかと書いてゐるらしく、一向解せぬ。馬梅西は確に人名と思つたので訊ねると、マーメシだといふ。そこで試に当人に読ませたら、片言日本語漢字音で写したので、奴等、馬糧を地下へ埋蔵して置いた所、其埋蔵した場所へ、吾隊で厩舍を建て義しまつたので、取出す事が出来ぬ。少し掘り掛けたら、兵隊に怒られた。事情を言つても言語が通ぜぬので、兵隊は一途に折角建てた厩舍を片付けるとのみ解して拒む。そこで万葉仮字の訴状を認めて来たらしかつた。

三村竹清集』8(日本書誌学大系)pp.285-386

一兵卒従軍記 初題「日露戦役思ひ出ばなし」。「日本及日本人」三五八(昭和一三年三月)~三七四(昭和一四年七月)の十六回連載。

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2013-01-11

[]西洋人の「ことある・聞く宜しい」(宮武外骨滑稽新聞』) 西洋人の「ことある・聞く宜しい」(宮武外骨『滑稽新聞』) - 国語史資料の連関 を含むブックマーク はてなブックマーク - 西洋人の「ことある・聞く宜しい」(宮武外骨『滑稽新聞』) - 国語史資料の連関 西洋人の「ことある・聞く宜しい」(宮武外骨『滑稽新聞』) - 国語史資料の連関 のブックマークコメント

滑稽なる創傷 ドクトル・サーチライト

あなたの国、目下戦争ある。負傷の名前知らぬ宜しくない。私教えることある。聞く宜しい。

イよりロへすなわち目から鼻へ抜けた傷が俗にいう賢明貫通傷。

ハより二へすなわち口から尻穴へ抜けた傷は食道貫通銃創。

ホよりへへすなわち耳から脳天へ抜けたのがすなわち腹立ちまぎれに進撃して受ける肝癪玉破裂傷、これはなかなか重傷のようだが命には別条がない。村夫子がよく受ける傷だ。

トよりチへ抜けた傷。これは最も重いので致命傷とも言うべきものだ。敵から発した弾丸がズシンと胸に当たるが最期、貫通もしないでチャンとその弾丸がそこに止まりムシャムシャムシャとする。時とするとこれがへ印へ抜ける事もあるがこの抜ける奴は貫通傷で命に別条はない。この傷は学問上、前胸盲管銃傷というのである。

りよりヌすなわち右の耳から左へ、もしくは左耳から右へ抜けた傷。これは籠耳貫通銃創といって幾度食らっても少しも答えない傷だ。

ルよりヲを経てワに、もしくはカよりヨに抜けた傷は梅毒症全部貫通傷という。おもに紅裙隊進撃の時に受ける傷で、ある一部分を切断しないと一命にかかわることがある。皆様せっかく用心する宜しい。

 河出文庫滑稽漫画館』pp.70-71による


滑稽新聞』78号(明治37.8.5)

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2011-12-15

[][]明治役割語土子笑面「話術新論」明治の役割語(土子笑面「話術新論」) - 国語史資料の連関 を含むブックマーク はてなブックマーク - 明治の役割語(土子笑面「話術新論」) - 国語史資料の連関 明治の役割語(土子笑面「話術新論」) - 国語史資料の連関 のブックマークコメント

 上来述ぶるが如く大体話の地は平語を以てすべしといへども話中の人の言語は必しも平語と限ることあたはず。素と人の言語は其の人物をあらはすに最も密着の関係を有するものなれば其の人物をあらはすに必要なる丈けの言語は用ゐざるべからず。即ち其人の用ゐべき語を使ふべし。たとへば漢学者は多少堅き語を使ひ車夫馬丁は下等の俗語を用ゐ力士はつよく俳優はよはく男は男らしく女は女らしく老人は老人らしく子供は子供らしく口をきけばこそ其の人物を知るなれ。是等を一概に同様の平語を以て口述しては反て味ひなし。西洋人日本語を使ふには

「アナタ、タクサンワルイアリマス」

「ソレ、イケマセン云々」

などいひ子供は

「サヤウナラ」

といはずに

「アバヨ」

といふものなれば話中に西洋人・子供を出して其の言語を述べんには須らく右の如くいふべし。

是れ即ち人物を美術的に口述するの一法なり。但し如何に和学者漢学者洋学者言語を述ぶればとて殊更に非常に六つかしき語のみを使ひては是も亦面白からず。たゞ一寸と聞きて如何にも和学者漢学者洋学者の如く感ずれば足れりとする訳なれば此の辺は実地に臨みて斟酌するを要する也。

http://kindai.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/902869/27
文体 (日本近代思想大系)

文体 (日本近代思想大系)

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