国語史資料の連関 このページをアンテナに追加 RSSフィード

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2004-11-08

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2004-10-13

[]羅大経?鶴林玉露』(南宋・13世紀) [[羅大経]]『[[鶴林玉露]]』(南宋・13世紀) - 国語史資料の連関 を含むブックマーク はてなブックマーク - [[羅大経]]『[[鶴林玉露]]』(南宋・13世紀) - 国語史資料の連関 [[羅大経]]『[[鶴林玉露]]』(南宋・13世紀) - 国語史資料の連関 のブックマークコメント

  日本国僧

余少年時、於鐘陸邂逅日本国一僧、名安覚、自言離其国已十年、欲尽記一部蔵経乃帰、念誦甚苦、不舎昼夜、毎有遺忘則叩頭仏前祈仏陰相。是時已記蔵経一半矣。夷狄之人、異教之徒、其立志堅苦不退転。至於如此朱文公云、今世学者読書尋行数墨備礼応数六経語孟不曽全記得三五板如此而望有成亦已難矣。其視此僧殆有愧色。僧言其国称其国王曰天人国王、安撫曰牧隊、通判曰在国司、秀才曰殿羅罷、僧曰黄榜、硯曰松蘇利必、筆曰分直、墨曰蘇弥、頭曰加是羅、手曰提、眼曰媚、口曰窟底、耳曰弭々、面曰皮部、心曰母児、脚曰叉児、雨曰下米、風曰客安之、塩曰洗和、酒曰沙嬉


参考文献

松下見林 異称日本伝 巻上三 元禄戊辰(1693/9)

今按、安覚者釋経祐、姓|色條《シキデウ》氏、本名良祐、號安覚、千光國師弟也、嘗入v宋、帰朝之後、止2筑前国田島香正寺1、汲2彦ノ高根神泉1【在2豊前國1、詳見2下巻海東諸國記條1】滴為2硯水1、手自書2写一切経1、承元元年十二月終2其功1筆画楷正、今猶存、天人当v作2天皇1、牧隊ノ隊、在國司ノ在字、衍字、殿羅罷当v作2罷殿羅《ヒデル》1、秀ノ和訓|罷殿流《ヒデル》、羅與v流音通、然此訓不v合2秀才二字1、秀才曰2須具禮罷殿多流加度《スグレヒデタルカドト》1、亦曰2|比止加度《ヒトカド》1、選叙令云、凡秀才、取2博学高才1、考課令云、凡秀才試2方略ノ策二條1【義疏、方大也、畧要也、大事之要畧】文理倶高者為2上ノ上1、文高ク理平、理高文平、為2上中1、文理倶平為2上下1、文理粗通為2中上1、文劣理滞皆為2不第1、黄榜ハ御坊也、御訓黄、坊榜音通、國俗尊v僧曰御坊、客安之安衍、

朝山信彌 鶴林玉露の「黄榜」などについて

渡辺三男 中国文献に見える日本語鶴林玉露書史会要について— 駒沢大学研究紀要 15 1957/03

安田章 中国資料の背景

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2004-10-12

[]陶宗儀書史會要』洪武九年 陶宗儀『書史會要』洪武九年 - 国語史資料の連関 を含むブックマーク はてなブックマーク - 陶宗儀『書史會要』洪武九年 - 国語史資料の連関 陶宗儀『書史會要』洪武九年 - 国語史資料の連関 のブックマークコメント

日本国 於宋景徳三年嘗有僧入貢不通華言善筆札命以牘対名寂照号円通大師国中多習王右軍書照頗得筆法後南海商人船自其国還得国王弟與照書称野人若愚又左大臣藤原道長書又治部郷源従英書凡三書皆二王之迹而若愚章草特妙中土能書者亦鮮能及紙墨光精左大臣乃国之上相治部九卿之列也

曩余与其国僧曰克全字大用?者偶觧后于海陬一禅刹中頗習華言云、彼中自有国字字母僅四十有七、能通識之、便可解其音義、因索写一過、就叩以理、其聯輳成字処、髣髴蒙古字法也、全又以彼中字体、写中国詩文、雖不可読而筆勢従横(縱横)、龍蛇飛動、儼有顛素之遺則、今以其字母附於此云


  い 以【又近移】 ろ 羅 は 法【平声又近排】 に 宜

  ほ 波【又近婆】 へ 別【平声又近奚近靴】 と 多【又近駄】 ち 啼【又近低】

  り 梨 ぬ 奴 る 盧 を 窩

  わ 懐 か 楷【作喉音呼】 よ {竹獲犬}【平声】 た 大【平声

  れ 倈   そ 座【平声又近莎】 つ 土【平声又近屠】 ね 尼【縮舌呼】

  な 乃【平声】 ら 阿頼【頼作平声弾舌】 む 謨 う 烏

  ゐ 伊 の [冉邑] お 和【又近窩】 く 枯

  や 爺【作喉音呼】 ま 埋 け 茄 ふ 蒲【又近夫】

  こ 軻 え 奚 て 悌【平声縮舌呼】 あ 挨【作喉音呼】

  さ 篩【又近柴】 き 欺【又近其】 ゆ 由 め 乜

  み 皮【又近眉】 し 尸【又近時】 ゑ 緊【平声】 ひ 非

  も 摩 せ 蛇【又近奢】 す 疏【又近徂】


 仮如、曰天則云そら、曰地則云ち、曰山則云やま、曰水則云みつ、曰日則云ひ、曰月則云つき、曰筆則云ふて、曰墨則云すみ、曰紙則云かみ、曰硯則云すずり、大意不過如此


参考文献

松下見林異称日本伝』 巻上三 元禄戊辰(1693/9)

小川環樹書史会要に見える「いろは」の漢字対音について」 国語国文 16‐5 1947/09 (『中国語学研究創文社1977に再録)

有坂秀世書史会要の「いろは」の音註について」 言語研究 16 1950/8 (『国語音韻史の研究 増補新版』三省堂1957.10に再録)

渡辺三男中国文献に見える日本語鶴林玉露書史会要について—」 駒沢大学研究紀要 15 1957/03




小松茂美『かな』岩波新書のp149あたりの記述は、読み違えがあるようだ。つまり、この「いろは」の記述を、克全によるものではなく、直前の寂照によるものとしてしまい、それで、十一世紀初期のいろはの記述としてしまっている。(1970年の第六刷による。)

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