国語史資料の連関 このページをアンテナに追加 RSSフィード

間違い・不足などがありましたら、せせら笑って済ませずに、コメントを頂くか、よりよいものをどこかで公開なさっていただければ、幸甚至極です。

2006-02-23

[]男もすなる……(城戸千楯紙魚室雑記」巻之二) 12:36 男もすなる……([[城戸千楯]]「[[紙魚室雑記]]」巻之二) - 国語史資料の連関 を含むブックマーク はてなブックマーク - 男もすなる……([[城戸千楯]]「[[紙魚室雑記]]」巻之二) - 国語史資料の連関 男もすなる……([[城戸千楯]]「[[紙魚室雑記]]」巻之二) - 国語史資料の連関 のブックマークコメント

土佐日記のはじめのところ

同人説、土佐日記のはじめの処*の詞に、男もすなる日記といふものを、女もして見んとてす也とあるを、是も彼国の古本には男文字なる、日記といふものを女もじして見んとて、すなりとあり。さて此文字の字の字を古くずと訓て、文字をもずといへりし也、是にて彼是諸説のうたがひは無用の事にて、よく分明なりといはれたり、げにさてはさる事なり。


同人は、「出雲人中臣典膳正蔭主」。「天保十二年十月廿日上京にて訪はれける時」に話したこと。前条が、「今の書紀よりふるきもの」であるという「かな日本紀」の話なので、信頼は出来ないが、「男文字・女文字」で解する人が江戸時代にもあったという記録として。

日本随筆大成1-1 p643

(新1-2)

【参考】

小松英雄

トラックバック - http://kokugosi.g.hatena.ne.jp/kuzan/20060223

2006-01-26

[]石川雅望ねざめのすさび」○古言 20:45 [[石川雅望]]「[[ねざめのすさび]]」○古言 - 国語史資料の連関 を含むブックマーク はてなブックマーク - [[石川雅望]]「[[ねざめのすさび]]」○古言 - 国語史資料の連関 [[石川雅望]]「[[ねざめのすさび]]」○古言 - 国語史資料の連関 のブックマークコメント

  ○古言

ふるき詞は代をふるにしたがひてうつりゆく物なり。鐔の字、和名抄に、唐韻云。鐔音尋、一音潭。和名都美波。劒鼻也とあり。此つみはを、今は高きもいやしきも皆つばとぞとなふる。又同書に、温室経云。澡浴之法用2七物1。其七日内衣。和名由加太比良とありて、湯に入し時きる衣にて、湯帷子なるを、今はゆかたとのみ略しいふなり。粉は和名之路岐毛能とあれば、しろしなど略しいひたらんを、後に御の字をかうぶらせて、おしろいとよべれば、いよ/\なに事ともしれぬ名とはなりにたり。

トラックバック - http://kokugosi.g.hatena.ne.jp/kuzan/20060126

2006-01-25

[]石川雅望ねざめのすさび」○すてがな 20:33 石川雅望「ねざめのすさび」○すてがな - 国語史資料の連関 を含むブックマーク はてなブックマーク - 石川雅望「ねざめのすさび」○すてがな - 国語史資料の連関 石川雅望「ねざめのすさび」○すてがな - 国語史資料の連関 のブックマークコメント

○すてがな

真字の下に仮字をそへてかくをすてがなとぞいふなる。あるひとのかたりしは、二字の詞にすてがなをせず。三字の詞よりすてがなをそふなり。たとへば善《ヨシ》といへるは二字の詞なれば、すてがなをせず。悪《アシ》しといへば三字なる故、すてがなをぞふるなりといへり。これ大なる誤なり。かなの二字三字にかゝはれることにはあらず。うごく詞にはみなすてがなをせるが、いにしへの法なり。続日本紀よりのちの宣命、また延喜式の祝詞などを見ばしるゝことなり。いまその一二をあぐ、慰米 侍比 高久 賜比 悔備 談比 鏨久 悲備 賜不 無久 軽久 安久 直岐 平久 宜久 慶之岐 貴岐 為流 奉流 在留 浄久 明伎 賜弊流 尊伎 美之 好久 侍利 奇久 此乃 授気 明可仁 浄伎 麗岐 恠備 喜備 慈備 畏岐 喜之支 愍美 坐須 高支 厚支 広支 長久 賜覇留 斉伎 是乃 求米 能久 これらの類あげつくすべからざるを、此頃の人はよく古書をよむ人さへ、同じく斉しく古しへなどかけることはいかにそや。みな書法を守らぬ書ざまにて、俗間の手習の師といふものゝほしいまゝに書きたれるを、見ならひてするわざにして、見苦しきことなるをや。

トラックバック - http://kokugosi.g.hatena.ne.jp/kuzan/20060125

2006-01-22

[]石川雅望ねざめのすさび」○俗文のあやまり 20:22 石川雅望「ねざめのすさび」○[[俗文]]のあやまり - 国語史資料の連関 を含むブックマーク はてなブックマーク - 石川雅望「ねざめのすさび」○[[俗文]]のあやまり - 国語史資料の連関 石川雅望「ねざめのすさび」○[[俗文]]のあやまり - 国語史資料の連関 のブックマークコメント

  ○俗文のあやまり

今の世の俗文に、御座候といふ文字をあまた用てかく事にす。御座はおはしますと云訓なれば、人をあがめいはんにはさもかくべし。おのれの事をいふにもこれを用て、不佞義も病気にて御座候などかく事は、有まじきひがごとのかぎりなるべし。

トラックバック - http://kokugosi.g.hatena.ne.jp/kuzan/20060122

2005-06-18

[]古事類苑 文学部 第二十七 外国語学 10:03 古事類苑 文学部 第二十七 外国語学 - 国語史資料の連関 を含むブックマーク はてなブックマーク - 古事類苑 文学部 第二十七 外国語学 - 国語史資料の連関 古事類苑 文学部 第二十七 外国語学 - 国語史資料の連関 のブックマークコメント

我国に行はれたる外国語学は、韓語を以て尤も古しと為す、蓋し三韓は我国との交通尤も早く開けたればなり、

次で支那と交通するに及び、漢音,呉音を伝へたり、文武天皇の令を撰ばしめたまふに及び、大学音博士を置きて読書の音を正し、其後漢語師を置きて訳語の任に当らしめ桓武天皇の朝には大に漢音を奨励し、仏経をも亦漢音にて読誦することを令したり、されど支那語学は支那交通の断絶と共に亦漸く衰へたり、呉音は支那の一土音にして、欽明天皇の時仏経に伴ひて伝来せしものなりと云ふ、故に仏経は後世猶ほ之を用ゐて読誦せり、徳川時代には又支那音を学ぶもの多く、之を唐音と呼べり、即ち当時の漢音なり、而して幕府には唐話教授方ありて之を数ヘ、長崎には唐通事ありて、専ら訳語に従へり、

悉曇は、梵語の学なり、空海円仁等、入唐して之を伝へしより、安然、浄蔵の徒、大に之を弘め、後世亦往々之に通ずるものあり、

欧羅巴諸国の語を学ぶ事は、其創始を詳にせず、徳川時代に在りては、天主教と共に国禁に属し、長崎の訳官と雖も、普通の会話を学ぶに止りて、書籍に就くことを許さヾりしが、徳川吉宗の比より讒に訳官にのみ之を詐し、尋で又有志のもの丶之を読むものをも寛容して責めざるに至れり、而して欧語中、徳川時代ニ行はれたるものは和蘭最も古くして且広く、露、英、仏、独語等之に次げり

トラックバック - http://kokugosi.g.hatena.ne.jp/kuzan/20050618