国語史資料の連関 このページをアンテナに追加 RSSフィード

間違い・不足などがありましたら、せせら笑って済ませずに、コメントを頂くか、よりよいものをどこかで公開なさっていただければ、幸甚至極です。

2013-01-15

[][]「大阪弁映画で全国の人の耳に入れた」 「大阪弁を映画で全国の人の耳に入れた」 - 国語史資料の連関 を含むブックマーク はてなブックマーク - 「大阪弁を映画で全国の人の耳に入れた」 - 国語史資料の連関 「大阪弁を映画で全国の人の耳に入れた」 - 国語史資料の連関 のブックマークコメント

 日本映画で扱うステロタイプの一つに、きまりきった方言があり、以前は田舎をあらわすのに「おら」とか「そうだんべえ」が用いられた。いまは悪徳悪人をあらわすのに「わい」「やったろか」式の大阪弁を使わせることが多い。

 もともと、大阪弁映画で全国の人の耳に入れたのはトーキーとなって依田義賢脚本を書いた「浪華悲歌」で、山田五十鈴主人公がラストで「どないしたらええねン」といい放つあたりからである。

杉山平一大阪映画人」(『大阪春秋』107「おおさかと映画」(2002.6))

溝口健二監督 第一映画 1936年

トラックバック - http://kokugosi.g.hatena.ne.jp/kuzan/20130115

2011-12-14

[][]ゴリョンハン ゴリョンハン - 国語史資料の連関 を含むブックマーク はてなブックマーク - ゴリョンハン - 国語史資料の連関 ゴリョンハン - 国語史資料の連関 のブックマークコメント

テレビでいつも耳ざわりなのはゴリョンハンです。何もそんないいにくいこといわんでもええのに。ゴリョンハンは谷崎潤一郎の『細雪』が元凶です。大阪ことばをあまりよく知らんあの人が、奥さんとかに筆を入れてもらわはったそうやけど、その奥さん、生粋の大阪人やったのやろか。ゴリョハンと略してはいえてもゴリョンハンとは言いにくい。船場ではあくまでもゴリョンサンでした」

牧村史陽「さんとはん」(『佳陽』53に載る、と『上方芸能』32「白牡丹図」p.139)

谷崎潤一郎「細雪」

トラックバック - http://kokugosi.g.hatena.ne.jp/kuzan/20111214

2011-02-22

[][]【お疲れ様】リポビタンD 【お疲れ様】リポビタンD - 国語史資料の連関 を含むブックマーク はてなブックマーク - 【お疲れ様】リポビタンD - 国語史資料の連関 【お疲れ様】リポビタンD - 国語史資料の連関 のブックマークコメント

「お疲れ」は、中村メイコの『メイコめい伝』に、「仕事が終ると『おつかれさまア』と互いにねぎらいつつ仕事場を去るのが、もう何十年も昔からのキマリになっています」と書かれているように、芸能人のあいだでは早くから、階級抜きの挨拶ことばとして好んで使われていたのである。

 これが昭和四十年ごろになって、巨人の王選手が清涼剤『リポビタンD』のCMで、「おつかれっさん!」とやったころから一般にも伝播して、挨拶ことばとして広く使われるようになった。

トラックバック - http://kokugosi.g.hatena.ne.jp/kuzan/20110222

2010-05-01

[]おはようございます おはようございます - 国語史資料の連関 を含むブックマーク はてなブックマーク - おはようございます - 国語史資料の連関 おはようございます - 国語史資料の連関 のブックマークコメント

 「お早うございます」「お疲れさま」などという挨拶言葉は、今はもう水商売の人たちだって使う一般的なものになってしまっているが、K氏によると、前者は、歌舞伎役者が楽屋の入口の頭取部屋(事務長室)の前を通って楽屋入りする時、「お初にお目にかかります」と挨拶をしたところから発したということである。

黒川欣映「芝居のことば」『月刊ことば』?1980.4 p.78

トラックバック - http://kokugosi.g.hatena.ne.jp/kuzan/20100501

2010-02-04

[]「敬語大槻文彦 「敬語」大槻文彦 - 国語史資料の連関 を含むブックマーク はてなブックマーク - 「敬語」大槻文彦 - 国語史資料の連関 「敬語」大槻文彦 - 国語史資料の連関 のブックマークコメント

敬語」という語は、大槻文彦博士によってひろめられたといえるかもしれない。

松村明敬語について」(國文學臨時増刊号 第十一巻 第八号)

トラックバック - http://kokugosi.g.hatena.ne.jp/kuzan/20100204