国語史資料の連関 このページをアンテナに追加 RSSフィード

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2009-04-15

[][]談話体演説体 談話体・演説体 - 国語史資料の連関 を含むブックマーク はてなブックマーク - 談話体・演説体 - 国語史資料の連関 談話体・演説体 - 国語史資料の連関 のブックマークコメント

今日の言文一致体の中には、談話体を用ゐるものも往々あるが、この体には、口語の各体の中の短所をのみ具へて居る様に思はるる。「あります」とか「御座ります」とか「なければなりません」とかいふ嫌なる敬語沢山の体は冗漫で柔弱で倦厭を招くことが甚だしい。此等の体も時に必要なることも有らうが、論文叙事文談話体を用ゐるごときことは、長所を捨てて短所を取るものといふべきである。言文一致文体に就ては、演説体講話体などが浅からぬ関係を有って居る様に思はるる。

言文一致(応急の手段)」(国学院雑誌明三四・六.二〇)「談話体演説体

森岡健二「言文一致体成立試論」

山本正秀近代文体形成史料集成

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2007-12-02

[][]「文の詞を歌によむ事」(本居宣長玉あられ』) 「文の詞を歌によむ事」(本居宣長『[[玉あられ]]』) - 国語史資料の連関 を含むブックマーク はてなブックマーク - 「文の詞を歌によむ事」(本居宣長『[[玉あられ]]』) - 国語史資料の連関 「文の詞を歌によむ事」(本居宣長『[[玉あられ]]』) - 国語史資料の連関 のブックマークコメント

文の詞を歌によむ事

同じき雅言《ミヤピゴト》の中にも、文章に用ひて、歌にはよむまじきも多し、たとへば ふみをやるなどいふことは、雅言ながらも、歌にはよまぬ詞なり、すべてふみのことをば、古のよき歌共には、水ぐき 玉づさ 跡などのみよみて、ふみといふことは、或は まだふみも見ず天の橋だてなどやうに、橋を踏ゆく事などによせてこそよみたれ、たゞにふみとは、をさ/\よまざりき、又答へすることを、いらへといふは、文章には常のことなれども、古のよき歌には、をさ/\見えず、歌に多くよむは、近き世の事也、大かた此たぐひいと多かるを、今はえしもあげず、みなもらしつ、なずらへてわきまふべし、物語の語をとりてよむにも、此こゝろえあるべき事にて、文章にてはめでたき詞も、歌によみては、いやしきがあるぞかし、又同じ言も、文と歌とにて、いひざまつゞけざまのかはるべきもおほし、しかるを近世人は、すべてこれらのわきまへなく、歌にはよむまじき詞を、好みよみて、それをかへりてめづらしくおかしきことに思ふめり、大かた近き世、すべて戀の歌の、殊につたなくいやしげなるも、おほくは此ゆゑ也、或は物語の詞つゞきを、やがてそのまゝによみなどして、歌のやうにもあらぬがおほきを、きく人はたえわきまへで、めづらか也とめではやしあふめるは、かへす/゛\もかたはらいたし、

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2007-12-01

[]「歌と文との詞の差別」(本居宣長玉あられ』) 「歌と文との詞の差別」(本居宣長『[[玉あられ]]』) - 国語史資料の連関 を含むブックマーク はてなブックマーク - 「歌と文との詞の差別」(本居宣長『[[玉あられ]]』) - 国語史資料の連関 「歌と文との詞の差別」(本居宣長『[[玉あられ]]』) - 国語史資料の連関 のブックマークコメント

歌と文との詞の差別

おほよそ同じき雅言の中にも、歌の詞と文の詞と、差別あるがあるを、今の人は此差別なくして、歌の詞にして、文にはつかふまじきを、文につかふことおほし、心すべし、たとへば花にたをるといふは歌詞也、文にはたゞをるといふべし、車を小車といふは歌詞也、文にはたゞ車といふべし、さよふけてといふは歌詞也、文には夜ふけてといふべし、水ぐき玉づさなどいふは歌詞也、文にはふみといふべし、かやうのたぐひいと多し、今は思ひ出るまゝに、たゞ二つ三つをあげつ、但し文には、くさ/゛\のふり有て、序など其ほかにも、或は枕詞をおきなどして、すべて歌のごと、詞を花やかにしたつるやうもあり、そはその文のふりによること也、又なべてはさらぬ文の中にも、事によりては、一言二言歌詞をことさらにまじふるやうのこともあり、猶さやうのこまかなる事共までは、たやすくはつくしがたし、又ついでもあらば、別にくはしくいふべし、今はたゞ大かたをおどろかしおくのみぞ、


飯倉洋一和文の思想」『秋成論』p121

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2007-08-27

[][]大町桂月模範作文講話』書翰文 大町桂月『模範作文講話』書翰文 - 国語史資料の連関 を含むブックマーク はてなブックマーク - 大町桂月『模範作文講話』書翰文 - 国語史資料の連関 大町桂月『模範作文講話』書翰文 - 国語史資料の連関 のブックマークコメント

第二講

      書翰文

  書翰文は、又、候文とも言ふ、手紙文章の事である。叙事文や叙情文などになると、文章を美くしくする爲に、言葉の言ひ廻はしをわざ/\長くしだり、短くしたりして、文章を飾る必要があるが、書翰文は、口で言はうとする用事を紙に書いて、それで、用を達さうとするものであるから短く要を得た言ひ方をすれば、それで好い。從ってその文章は、ロのかはりになるものであるから、相手によって、その言ひかたを變へねばならぬ

即ち身分のある立派な人に言ふ言葉と、下女下男に言ふ言葉、はじめての他人に言ふ言葉と、親しい友達に言ふ言葉、父母に言ふ言葉と、弟や妹に言ふ言葉、それぞれ皆違ってみるから、これを區別せねばならぬ。この區別は非常にむづかしい事で、この區別さへ拙家るなら、書翰文に上達した者と言へるのである。

  書翰文を候文と言ふ如く、在来の書翰文には、申上候、候に付、候間存候と言ふやうに候が付いてゐる。今の所、書翰文と言へば、この候文の事になってみるが、將來はロで言ふと同じやうに口語體文章になるであらう。今、左に言葉候文にする書方を説明してみる。

手紙をあげます。明後日は私の誕生日に當りますから、心祝をかねて晩餐をさしあげだう御座います。何卒奥様御回件の上にて、午後四時までに御出で下さいませ。御待ち致します。

と言ふ言葉があるとして、之を候文にするには、何う言ふ風にするかと言ふと、

拝啓。明後日は小生の誕生日に相當り候に付、心祝をかねて、晩餐差上げ度候。何卒御令閨様御同伴の上にて、午後四時までに御來駕下され度待ち奉り候。

とする。手紙をあげますは、拝啓、當りますからは、相當り候に付とか相當り候間とかになり、さしあげたう御座いますは、差上げ度候になり御待ち致しますは、待ち奉り候と言ふ風になる。若し又、

謹んで手紙をあげます。明五日午後五時から私の宅で知人五六名を會して、新年の祝宴を開きたう御座いますから、是非御繰合せの上、御出で下さいませ、右、御案内申上げます。

と言ふ言葉がありとすれば、之を候文にするには、

謹啓。明五日午後五時より拙宅に於て、知人五六名相會し、新年の祝宴を開き申度候間、是非御繰合せを以て、御光来成し下され度、右御案内申上候。

とする。即ち謹んで手紙をあげますは、謹啓になり、開きたう御座いますからは、開き申度候間になり、御出で下さいませは、脚光来成し下され度になり、御案内申上げますは、御案内申上候になる。この言ひまはしを覺えるには、むづかしい理屈よりも、書翰を多く讀んで居れば、自然に分って来る。併し今も言ったやうに、將來の書翰文は、口語體になって、言葉をそのまゝに書くやうになるから、候文は不必要になると思ふ。

 要するに書翰文は、ロのかはりにするものであるから、短くて、要領を得た言ひ方をしなくてはならぬ上に、相手によつて、言葉の區別をすると云ふ事を忘れてはならぬ。

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2005-05-01

[]鈴木文史朗「新聞の文章文体17:57 鈴木文史朗「新聞の文章と[[文体]]」 - 国語史資料の連関 を含むブックマーク はてなブックマーク - 鈴木文史朗「新聞の文章と[[文体]]」 - 国語史資料の連関 鈴木文史朗「新聞の文章と[[文体]]」 - 国語史資料の連関 のブックマークコメント

『文史朗文集』(昭和27.2.20 講談社)所収p130-138 初出不詳

「であると言われている」

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