国語史資料の連関 このページをアンテナに追加 RSSフィード

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2007-06-12

[][]「姓名判断 化の皮」(幸田露伴) 「姓名判断 化の皮」(幸田露伴) - 国語史資料の連関 を含むブックマーク はてなブックマーク - 「姓名判断 化の皮」(幸田露伴) - 国語史資料の連関 「姓名判断 化の皮」(幸田露伴) - 国語史資料の連関 のブックマークコメント

 昔は納甲と稱して、十干十二支の相生相剋を忌み、何の性の人はその名前に何の字を命けるといふ風に、大抵それが一致してをつたもので『節用』などを見ると、例へば木性の人は何の字を、又水性の人は如何なる字を命けろといふ風に、詳細に書いてあって、早い話が今茲に鐵五郎と云ふ人があるとすれば、唯その名前を聞いたばかりで、アヽこの人は何の性だなと直ぐ合點が行くまでに進んで居ったものであるが、今はそれすら最早随分古い人でも知ってる者は殆んど無い位に忘れられて仕舞ってゐる。ところで今の姓名判断と稱せられるものは、その看板こそ違へ、賣聲は矢張り同じものなのである、

『日本古書通信』1985年10月号、林真「幸田露伴の佚文8」

『日本一』三号(大正四年)

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2007-06-11

[][]「吉凶を説く姓名判断」(宮武外骨) 「吉凶を説く姓名判断」(宮武外骨) - 国語史資料の連関 を含むブックマーク はてなブックマーク - 「吉凶を説く姓名判断」(宮武外骨) - 国語史資料の連関 「吉凶を説く姓名判断」(宮武外骨) - 国語史資料の連関 のブックマークコメント

吉凶を説く姓名判断

人一代の運命はその姓名の字画や意義によって支配せられるものであると号して、大正三、四年の頃、姓名判断ということが流行し、成功した学者偉人、失敗した政客悪人など、古人の姓名を標準とするのみで、学理上の根拠なき囈語《げいご》を並べ、哲名術という学名らしき名をつけて吉凶禍福を説き、人を迷わせて改名せしむるなどの愚《ぐ》なこともあった。

 世間には同姓同名の人で、その運勢の相違する実例が多くある。それを知っていれば、こんな理由なき誤託《ごたく》に迷わされることはないのである。

p60

明治奇聞 (河出文庫)

明治奇聞 (河出文庫)

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2007-06-10

[][]「名前の読み方に関しては、親が決めれば大丈夫」 「名前の読み方に関しては、親が決めれば大丈夫」 - 国語史資料の連関 を含むブックマーク はてなブックマーク - 「名前の読み方に関しては、親が決めれば大丈夫」 - 国語史資料の連関 「名前の読み方に関しては、親が決めれば大丈夫」 - 国語史資料の連関 のブックマークコメント

田宮規雄『世界にはばたく 女の子の名前』二〇〇六年、高橋書店

isbn:4471021052

そのまま読むと「……」になってしまうので、私がお世話になった母校の国語の先生に相談したんです。

 すると、名前の読み方に関しては、親が決めれば大丈夫なんだよ、とアドバイスされ、「……」と読ませることにしました。

p214


……

読みにくい名前はなぜ増えたか (歴史文化ライブラリー)

読みにくい名前はなぜ増えたか (歴史文化ライブラリー)

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2007-06-09

[][]「世之反切人名者。亦何知韻鏡之所以為韻鏡乎」(太宰春台斥非』) 「世之反切人名者。亦何知韻鏡之所以為韻鏡乎」(太宰春台『[[斥非]]』) - 国語史資料の連関 を含むブックマーク はてなブックマーク - 「世之反切人名者。亦何知韻鏡之所以為韻鏡乎」(太宰春台『[[斥非]]』) - 国語史資料の連関 「世之反切人名者。亦何知韻鏡之所以為韻鏡乎」(太宰春台『[[斥非]]』) - 国語史資料の連関 のブックマークコメント

近時韻鏡之書。盛行于世。則有下反切人名之事其法。於人之二名者以上字為切母下字為韻。従韻鏡帰成一字。因視其字美悪、美則已。悪則改其名、以為所帰之美悪。而終身之吉凶禍福係焉。此事不知起於何時、始於何人、毋論中国、雖我大東、自古迨吾国初、実所未有也。蓋自寛永間以来也。在今日則自王公以下至庶人未有不反切其名者也。己不学其事、則必仰人。於是問諸能者、糈糒従之。諸知反音者。因言其吉凶、猶卜師也。故儒者若浮屠中。有業此以致富者焉。夫中国人多一名。固無以反切、此方人必二名。雖有一名者、則千万人中一人耳。故可以反切、好事者、因制之法、以欺愚俗也。此事若巫祝陰陽之徒為之。則固其所也。不足責也。苟為儒而読聖人之書。聞中夏之道者。豈宜不知其非哉。如不知其非、是至愚也。知其非而為之。是誑人也。至愚可羞也。誑人可悪也。有一於此、不可以為儒矣。憶。世之反切人名者。亦何知韻鏡之所以為韻鏡乎。

日本詩話叢書*

日本思想大系徂徠学派』p148


韻鏡による姓名判断。(太宰春台『経済録』http://kokugosi.g.hatena.ne.jp/kuzan/20070604/にもあり)


古事類苑 姓名部九「名下」「反切人名

http://kindai.ndl.go.jp/BIImgFrame.php?JP_NUM=41016883&VOL_NUM=00281&KOMA=72&ITYPE=0

湯沢質幸唐音の研究』

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2007-06-08

[][]「反切人名」(文雄韻鏡指要録』) 「反切人名」(文雄『[[韻鏡指要録]]』) - 国語史資料の連関 を含むブックマーク はてなブックマーク - 「反切人名」(文雄『[[韻鏡指要録]]』) - 国語史資料の連関 「反切人名」(文雄『[[韻鏡指要録]]』) - 国語史資料の連関 のブックマークコメント

(『磨光韻鏡後篇』)

  反切人名

韻鏡にて人の名を反すと云コト中夏にはせざるコトなり。我邦近世の俗弊にて杜撰せるよし韻鏡索隠に辯じ畢れり。然るに是に似たるコト中夏にもなきにしも非ず。近歳新渡の書に『音学五書』と題せる両套の書あり。明の亭林顧炎武が作なり。其中南北朝の比人名反切し正反倒反シテ帰字の義を以て戯弄せるコトあり。是を反語と云。其語に曰、南北朝人作反語多是双反韻家謂之正紐倒紐史之所載如晋孝武帝作清暑殿有識者以清暑反為楚聲楚聲為清聲楚為暑也宋明帝多忌袁粲旧名袁愍為隕門隕門為袁門隕為愍也劉悛旧名劉忱為臨讐臨讐為劉讐臨為忱也斉世祖於青溪立宮号曰旧宮時人反之曰旧宮者窮廐窮廐為旧廐窮為宮也文恵太子立楼館于鍾山下号曰東田東田反語為顛童顛童為東童顛為田也梁武帝創同泰寺開大通門対寺之南門取反語以協同泰同泰為大泰同為通也陳後主名叔宝反語為少福少福為叔福少為宝也北斉劉逖請改元為武平謂和士開曰武平反為明輔明輔為武輔明為平也隋文帝謂楊英反為〓殃為楊英為〓英楊為殃也唐高宗改元通乾以反語不善紹停之通乾反為天窮通乾為天乾通為窮也又如水経注索即酒反為桑落桑落為索落桑為即也孔氏志怪盧充幽婚反為温休温休爲幽休温爲婚也又有三字反者呉孫亮初童謡曰於何相求常子閣常子閣者反語石子〓常閣爲石閣常爲〓也斉武帝永明初百姓歌曰陶郎来言唐来労也陶郎爲唐郎陶爲労也梁武帝中大通中民間謡曰鹿子開城門鹿子開者反語爲来子哭鹿開爲来開鹿爲哭也《已上》雄案ずるに殆一時の戯謔に似たり。南北朝の比、或は双声畳韻を以て文章詩賦を論じ、又平常戯弄の語と成し、或は軍中相図の隠語となせるコトあり。亦反語の類なり。流弊人名を反シテ戯弄し殿堂年号皆反す一時風を成せり。然りといへトモ本聖経の常教に非ず。不経の故を以て盛唐以後其説あるコトを聞かず。矧前に挙る所の如きは韻図これなき以前髣髴たる音を認めて是を言ふ。今韻鏡に検すれば齟齬する者多し。徒に是諧謔なるのみ。

原文は片仮名


韻鏡による姓名判断。


古事類苑 姓名部九「名下」「反切人名


佐藤稔『読みにくい名前はなぜ増えたか』ISBN:464205636X吉川弘文館p81では、引用せぬが言及。

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