国語史資料の連関 このページをアンテナに追加 RSSフィード

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2006-02-02

[]西洋礼式の輸入(明治事物起原西洋礼式の輸入(明治事物起原) - 国語史資料の連関 を含むブックマーク はてなブックマーク - 西洋礼式の輸入(明治事物起原) - 国語史資料の連関 西洋礼式の輸入(明治事物起原) - 国語史資料の連関 のブックマークコメント

 われわれ日本人は、四の数をきらひ、西洋人は十三の数をきらふごとく、彼我の信仰、伝説、人情等、万事に相違あり。ゆゑに欧米人との日常交際上、彼の礼式習慣のひととほりを心得ざれば、思はぬ不利を醸すこともあり、是非とも彼の礼式習慣をわが国民の常識とする必要ありとなし、この方面に、著訳書を出せる二、三先覚者あり。

 中にも、もつとも意外とするは、わが政府が、明治六年の墺国ウヰン府の大博に協賀せしとき、彼の礼式にも一考察を加へ取り調べの手を付けし一事なり。すなはち山崎直胤をして、仏伊両国の大礼会、宮中の儀式礼会、参列の段階および文官の儀式交際の官吏の儀式、表礼のこと等を翻訳せしめたり。このこと、同博覧会の『賛同紀要』に明記するところなれども、その翻訳書の民間に公示されずに終はりしは、惜しきことなり。

  『西洋躾方』 明治二年 其臭社版 柳河氏訳か

  『西俗一覧』* 明治二年 黒沢孫四郎訳 明治文化全集*1

  『外客交際西の手ぶり』*。 明治六年 岡本純

   (晩香書屋)四六判二冊五十丁ばかりの小冊子なれども、著者が、英国公使館に仕へ、数年間、外人に接触し、得たる見聞記にして、外人の衣服飲食沐浴、風俗習慣嗜好の体験記なれば、翻訳書とも違ひ滋味ゆたかなり。

  『西洋礼式』 明治六年 河野成之進訳 伊沢修二

   西洋礼式と題しながら、わづかに衣服着用の心得等を記せしだけなり。

  『泰西礼法』 明治十一年五月 文部省印行

   英国礼法書二部より抄訳せしものにて、高橋達郎の訳なり。慶弔十七節、実用に遠き記事多し。

  『英米礼記』 明治十一年五月 矢野文雄

   『米国の紳士礼法』および『英国の男女礼法』の二書を訳出調合し、紹介、挨拶以下十四章二百一条あり。各礼法を簡明に述べ、彼の礼式を知了し、斟酌取舎せしめんとの目的にて成り、今日にてもなほ観るべき本なり。

  『英国交際儀式』 明治十二年十二月版 渡辺豊訳述、英書

   『当世儀式』を訳せしものにて、婦人部男子部婚姻式の三部五十一項に分かち、交際上の当世儀式をつくせり。矢野氏の礼記に比すれば応用に遠き条項もあれども、優れたる点もあり。

  『欧米礼式』 十九年十月 首藤新三・児玉利庸共訳、日本橋通一丁目須原屋出版

    祝祭日花火   大島 行実

  君を祝ふ花かと見れば登る日の光り乱れて星かとぞ思ふ

    同      星野 千之

  神祭る中にはたて、咲かするは世を安国の花火なりけり

*1:風俗篇。もと第20巻、のち第8巻

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2005-10-25

[]『梅暦』当時廓中の通言 22:22 『梅暦』当時廓中の通言 - 国語史資料の連関 を含むブックマーク はてなブックマーク - 『梅暦』当時廓中の通言 - 国語史資料の連関 『梅暦』当時廓中の通言 - 国語史資料の連関 のブックマークコメント

『春色梅美婦禰』五篇巻十三 岩波文庫『梅暦』下 p405

作者|曰《いわく》、當時|廓中《くわくちう》の通言《ことばつかひ》を聞くに、古代の廓言葉《さとことば》と違ひ、多くは素人《しろうと》の娘のごとし。今|此糸《このいと》も是に倣《なら》へど、作者も深くは穿得《うがちえ》ず、只通客の批評を俟《まつ》のみ。這《こ》は言はでもの事ながら、往古《むかし》の事跡を今樣ぶりに、写しなすなる策子《さうし》にあなれば、專《もつばら》流行におくれまじと、此樣《こん》な事をも言ふンざますヨ。

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2005-10-24

[]明治の地方での東京語 23:02 明治の地方での[[東京語]] - 国語史資料の連関 を含むブックマーク はてなブックマーク - 明治の地方での[[東京語]] - 国語史資料の連関 明治の地方での[[東京語]] - 国語史資料の連関 のブックマークコメント

森鴎外「青年」

 田舎から出て来た純一は、小説で読み覚えた東京詞ことば)を使うのである。丁度不慣(ふなれ)な外国語を使うように、一語一語考えて見て口に出すのである。そしてこの返事の無難に出来たのが、心中で嬉しかった。

http://www.aozora.gr.jp/cards/000129/files/2522.html

参照

野村剛史「日本語史における「書生」の役割」

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2005-10-23

[]地方での東京語 23:02 地方での東京語 - 国語史資料の連関 を含むブックマーク はてなブックマーク - 地方での東京語 - 国語史資料の連関 地方での東京語 - 国語史資料の連関 のブックマークコメント

太宰治「津軽」

興奮のあまり、その本州北端の一小都会に着いたとたんに少年の言葉つきまで一変してしまつてゐたほどでした。かねて少年雑誌で習ひ覚えてあつた東京弁を使ひました。けれども宿に落ちつき、その宿の女中たちの言葉を聞くと、ここもやつぱり少年の生れ故郷と全く同じ、津軽弁でありましたので、少年はすこし拍子抜けがしました。生れ故郷と、その小都会とは、十里も離れてゐないのでした。

http://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/2282_15074.html
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2005-10-22

[]明治の地方での東京語 23:02 明治の地方での東京語 - 国語史資料の連関 を含むブックマーク はてなブックマーク - 明治の地方での東京語 - 国語史資料の連関 明治の地方での東京語 - 国語史資料の連関 のブックマークコメント

嵯峨の屋御室「野末の菊」明治22年)、

元來此少女の語《ことば》は田舍語《ゐなかことば》が其|性質《もちまへ》です、然し東京を慕ッて居る心は其|語《ことば》をも慕ひます、ですから東京の人に對すると自然東京語で話さうとします。但《たゞ》しお糸の心の中《うち》で東京語の雛形《ひながた》となるものは教師|某《なにがし》の語《ことば》です、其故此少女の語《ことば》は田舍娘と自然に違《たが》ッて餘り聞よくハありません、

(『明治文学全集17二葉亭四迷・嵯峨の屋おむろ集』?p282)



森鴎外「青年」*

太宰治「津軽」*

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