国語史資料の連関 このページをアンテナに追加 RSSフィード

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2013-01-08

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巻之百五十五 小牧長久手戦後家康公上洛の事

作左衛門は万づ無造作にて、或時御用にて遠所に滞留して、留守の妻女へ送文に、

 一筆申す、火の用心おせん病すな馬肥せ

と書送しとぞ。おせんとは女の名なりとかや。

小松茂美『手紙の歴史』p.113

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2013-01-07

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○制札三条

東照宮、参州御手に入し時、本多作左衛門?、高力左近、天野三郎兵衛三人を奉行に仰せつけられ候ところ、これまで今川家領知の村々は、先代の事など申争ひ、おさまりかね候ところもありしかば、これに依て作左衛門罷り越し、制札を見候所、法度の箇条多くむづかしきゆゑ、制札を相改む。

 一人を殺すものは命がないぞ、

 一火を付ると火あぶりになるぞ、

 一狼藉をせば作左しかるぞ、

かな文字にて、三条に書あらたむ。その後よく治りたるとなり。

ある時、作左衛門留守の妻女の方へ、書状をつかはしたる文に、一筆申火の用心、おせん泣すな馬こやせと書ておくりけるとなり。〔古老物語?

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2012-07-13

[](梅村載筆・天巻) (梅村載筆・天巻) - 国語史資料の連関 を含むブックマーク はてなブックマーク - (梅村載筆・天巻) - 国語史資料の連関 (梅村載筆・天巻) - 国語史資料の連関 のブックマークコメント

書状の取かはしに、摂家大臣は判ばかりにて、名をば不v書、我より下の者へ遣はすには、名乗ばかり書て判をせず、名乗に判を加る事は、官符などの外にはまれなり。又傍輩への状にも、日の下には判《はん》計《ばかり》出して、上書には称号を書なり。たとへば三条大納言、中院大納言など書事はなし。かやうに書は武家へやる時計《ときばかり》なり。はやく称号をしらせんがためなり。

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2011-04-28

[]蛍が二つ三つ(中村秋香秋香歌かたり』) 蛍が二つ三つ(中村秋香『秋香歌かたり』) - 国語史資料の連関 を含むブックマーク はてなブックマーク - 蛍が二つ三つ(中村秋香『秋香歌かたり』) - 国語史資料の連関 蛍が二つ三つ(中村秋香『秋香歌かたり』) - 国語史資料の連関 のブックマークコメント

遠江なる柿園嵐牛は、俳句にては其頃知られたる人なりしがある時

  鍋洗ふ前に三つ四つ蛍かな

といふを得て、かゝる情は歌にては言ひ得がたるべしとおもひ石川依平に示しけるに、依平みて余は俳諧の事をしらねば、とかく評を加ふべきならず、但し歌にては鍋洗ふ前をといはざるべからず、をといへば即ち鍋洗ふ前を三つ四つ蛍が飛びかふさま言外にしらるべし。前ににては鍋を洗ふ前の草村などに居るさまにて、とびかふさまと聞えぬなりとありければ、嵐牛深く感じ、これより常に依平が教を受けて俳句も大にすゝめりと春畊氏語られき、

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/872765/99

中村秋香秋香歌かたり明治40年

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2011-04-27

[]蛍が二つ三つ(落合直文『将来の国文』) 蛍が二つ三つ(落合直文『将来の国文』) - 国語史資料の連関 を含むブックマーク はてなブックマーク - 蛍が二つ三つ(落合直文『将来の国文』) - 国語史資料の連関 蛍が二つ三つ(落合直文『将来の国文』) - 国語史資料の連関 のブックマークコメント

 米洗ふ前に螢の二ツ三ツ

こはある有名なる俳諧師がものしたる句なり、この句を作り出てたる時、みつから大によろこび、当時の奇人香川景樹に示したりしに、景樹見て、いかにもおもしろし、されとその螢は死したるものと思はる、いかにと問ふ。俳諧師大にいかりてその故を詰る。景樹いふ、若し飛行するものならむには、[前に]を[前を] といはざるべからずと。こをきゝてその人大に悟るところありしよしものに見えたり。[に]といへば或一定の塲所をさし示す助辭にて、唯螢が前に落ちて動かずにある意なり。さるを[を]といへば「前を飛ぶ」「前を過ぐ」など、おのづから螢の飛び行くさまも見えて、全句浮動、あはれ、はじめて名吟ともいはるべきなり。

落合直文『将来の国文』。明治23年国民之友」(山本正秀近代文体形成資料 発生篇』pp.652-662)

kuzankuzan2014/11/16 18:09http://kotobakai.seesaa.net/article/8238775.html

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