国語史資料の連関 このページをアンテナに追加 RSSフィード

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2018-04-02

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二十年前に九州から転任してきた生理の教師で、「唇」というあだ名だけは覚えているが、しかし名前は何といったか、実は瓢吉にも思い出せないのである。「唇」というのは老師の口に格別特徴があったわけではなく、あるときの生理の時間で、彼が「唇」について説明した言葉から端を発しているのだ。

「今日は『くちびる』」

 と、当時まだ四十を少し過ぎたばかりの彼は佐賀弁をまるだしにしてやりだした。「この唇が無かというとまま(飯)を喰うとき、ぽろうぽろこぼりうが」

 眼の嶮しい先生で、当人が大真面目だから誰ひとり笑うことができなかった。しかし可笑しいことは可笑しいのである。大体、鼻がないとか耳がないとかいう人間ならすぐかたちを想像することができる。しかし、唇のない人間があるであろうか。むろん唇がなかったら飯粒はみんなこぼれるにちがいない。

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