国語史資料の連関 このページをアンテナに追加 RSSフィード

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2014-06-01

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唐音を學べば、文章を作るためになると云ふこと、近來よく人の多く言ふことなり。唐音にて素讀することが爲になると云ことならば、四書六經等の文字直讀にて記憶しやすき故にいふか。さらば、やはり吾以前にいへる、貌付きの思出しやすきに付けて云ならんか。それも素讀したるまでにて、其直讀の内に義理が聞へねば、貌付きの出るにも格別の益は見へぬことにて、倭讀?も同じことなるべし。俗語が役に立つといはヾ、吾いへる小説の助と同じ説なるべし。いづれともに本邦の人にては、無用なる骨折なるぺし。吾に一法あり、本邦の字音を、四聲に呼び分て、直讀にし、直讀已に熟して、其熟したる文字中の助字虚字を読下しに聞ゆる様に、義を取り付け為習ふことなり。助字虚字解の義を、今少し細密にして心得れば、右の用に立つことなり。さて其肝要の處は、本邦の讀のかへり點のある處、一二三四、上中下、甲乙丙丁、などある處を、幾段も入れ子にして見て行くことなり。入子の見て行き様は、下にある程を、段々に虚の又虚と見、上にある程を、段々實像に近しと見ることなり。精しきことは、口授にあらざれば喩しがたし。

中山久四郎「唐音十八考」

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