国語史資料の連関 このページをアンテナに追加 RSSフィード

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2012-04-08

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 地方から来た人で珍らしい印象を与えた点で記憶に残っているのは、まず第一に岩切重雄であった。後に弁論部の委員になって雄弁をふるった程であるから、弁舌はまことに爽やかであったし、またわれわれと話しをする時には普通の東京弁で話していたのであるが、同郷の鹿児島人に逢うと、そばの人にはおかまいなしに、忽ちべらべらと鹿児島弁で話し出す。そうなるとわれわれには何を話しているのかまるで聞きとれない。そういう方言の難かしさはわたくしは既に同室の高谷武助の青森弁で経験していたのであるが、しかし高谷の場合は普通の東京弁が使えないのであるし、また相手のわたくしが同郷人だというわけでもない。然るに鹿児島人の場合は、東京弁を自由に使い得るにかかわらず、同郷人に対しては忽然として鹿児島弁を用い始めるという特別の態度をとるのである。これがわたくしには非常に強い印象を与えた。

和辻哲郎『自叙伝の試み』「一高生活の思い出」

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