国語史資料の連関 このページをアンテナに追加 RSSフィード

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2011-12-17

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 我が邦小兒の手習ひには、まづ「伊呂波」を習はす事、都鄙上下一般なり。げにも國字字母にして、これをだに書き得れば、たとへふつつかなりとも、用事を弁ずべし。其の上に畫すくなくして、小兒の手ほどきによろし。漢土にても、「丘上大人」の書を以て、小兒の書字の門戸とする事、諸書に見えたり。孔聖人の、御父へ上られし書なりと云ひ傳ふ。後人の僞作は論なし。畢竟、畫のすくなぎ字を集め、小兒の手ほどきとなす。わが邦の「伊呂波」に準ずべし。また「永」字を書かせて八法・十六法を教ゆるなど、人々知るところ、これを略す。わが邦の「伊呂波」は僧空海の作と、みな人いへども、其の實、空海の師、五明の作なりと云ふ人あり。

 雨芳洲は、「小兒には、まづ片假名の『イロハ』を教ゆるがよし。畫すくなくして、しかも字形楷正なれば、筆法の門戸に極めてよろしきを、此の邦の人は『小兒、片假名を書けば、手跡かたづまりて惡しき』と云ひ、これを制して書く事を許さざるは、心得がたし」と云ひおけり。近衞予樂院公も嘗て仰せあり、「小兒には、其の初めに畫の少なき楷書を教ゆるがよし。すべて文字は、正直ならん事を欲す。直ならんことを欲すれども、とかく邪曲なりやすきものなるを、字形・運筆ともに紆曲したる『伊呂波』を以て、教への初めとするは、然るべからず」とのたまへり。予樂院公とは、當時世に「川原の御所」と稱し、和漢の才めでたく、書法も精妙におわしませしなり。公の御論も、雨芳洲の説と同一なり。余ひそかにこれを思ふに、尊貴の御身の上は、書字の臣、備はりてあれば、日用の事、みづから筆を取らせらるるに及ばざれば、公の御説まことにいともかしこし。また士庶のまちまちなるも、其の人の境界・職業によりて、芳洲の説にしたがうもよし。

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