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2011-06-05

松下大三郎『改撰標準日本文法』第一編 總論 第一章 言語 第一節 言語本質及び諸相(5) 松下大三郎『改撰標準日本文法』第一編 總論 第一章 言語 第一節 言語の本質及び諸相(5) - 国語史資料の連関 を含むブックマーク はてなブックマーク - 松下大三郎『改撰標準日本文法』第一編 總論 第一章 言語 第一節 言語の本質及び諸相(5) - 国語史資料の連関 松下大三郎『改撰標準日本文法』第一編 總論 第一章 言語 第一節 言語の本質及び諸相(5) - 国語史資料の連関 のブックマークコメント

 聲音語、文字語といふことと口語文語といふこととは違ふ。聲音語は書けば文字語になる。文字語は視れば文字語であるが讀めば聲音語である。唯音を耳へ傳へるか、圖形を目へ傳へるかだけの區別であつてその文法は同じである。然るに口語文語の別は全く言語の態であつてその文法が違ふ。明治以前は文章は主として文語を用ゐ口語は專ら談話に用ゐられたが、其の後口語體の文が漸次多くなり、今日では一般の讀物は多くは口語體になつて來た。將來は西洋の樣になるであらう。故に口語は專ら談話に用ゐる語とは云へなくなる。過去現在未來に共通なるべき説明をすれば、文章にのみ用ゐられ談話には用ゐないものが文語で、文章に用ゐると用ゐないとに拘らず、談話に用ゐるものが口語である。

將來の文は口語體が益盛になるであらう。しかし過去書籍は大體文語で書かれてゐる。文語文法の要らなくなる時代は絶對に來ない。且つ口語と雖も文字に書かれる場合には純粹の口語ではあり得ない。必ず文語風を帶びる。其れは西洋の書を見ても日本口語體の文を見ても分ることである。文語文法の研究は何處までも必要である。

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