国語史資料の連関 このページをアンテナに追加 RSSフィード

間違い・不足などがありましたら、せせら笑って済ませずに、コメントを頂くか、よりよいものをどこかで公開なさっていただければ、幸甚至極です。

2011-01-01

演説の起源(日置昌一『話の大事典』演説の起源(日置昌一『話の大事典』) - 国語史資料の連関 を含むブックマーク はてなブックマーク - 演説の起源(日置昌一『話の大事典』) - 国語史資料の連関 演説の起源(日置昌一『話の大事典』) - 国語史資料の連関 のブックマークコメント

 三代實録に、春は最勝王経を演説し秋は法華経典を講吼すなどと見え、古くから用いられた詞である。しかし後の洋式演説明治の初めより始まり、百戯述略に「福澤諭吉など其塾中にて開きしは、已に八年頃にもあるべし、九年中、福地源一郎沼間守一の兩氏、下谷|曼利支天《まりしてん》祠に於て席を開き、席費を聴衆より改めたるが、則ち此會の寄せ席となる権輿なるべし」とあり、この頃より盛んに流行するようになった。十一年二月の東京雑誌に「演説會は福澤に奪はれ、撃剣會は榊原(健吉)に奪はれ、民會は千葉縣に奪はれ、民訴は神奈川縣に奪はれ、公園は上野に奪はれ、西洋料理は精養軒に奪はる」と見え當時いかに福澤諭吉演説が有名であったかを知ることが出來る。

http://kokugosi.g.hatena.ne.jp/kuzan/20041005/p1

話の大事典 (1983年)

話の大事典 (1983年)

トラックバック - http://kokugosi.g.hatena.ne.jp/kuzan/20110101