国語史資料の連関 このページをアンテナに追加 RSSフィード

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2009-01-03

[]山田孝雄『国語の中に於ける漢語の研究』第一章「序説」一「國語の中に於ける漢語の量の概觀」 山田孝雄『国語の中に於ける漢語の研究』第一章「序説」一「國語の中に於ける漢語の量の概觀」 - 国語史資料の連関 を含むブックマーク はてなブックマーク - 山田孝雄『国語の中に於ける漢語の研究』第一章「序説」一「國語の中に於ける漢語の量の概觀」 - 国語史資料の連関 山田孝雄『国語の中に於ける漢語の研究』第一章「序説」一「國語の中に於ける漢語の量の概觀」 - 国語史資料の連関 のブックマークコメント

        一 國語の中に於ける漢語の量の概觀

わが國語の中に夥しき漢語の混じ用ゐらるることは世人の周く知れる所にして一々例をあぐるまでもなき程の事なるが、一二の事實をあげむか、吾人の日常の挨拶の語を見るに。

  けふはよいお天氣です。

  今日はよいお天氣です。

  今日は結構なお天氣です。

  今日は天氣がよろしう御座います。

といふが如き、又

  御機嫌よろしう。

といふが如き、漢語の混ぜざるもの殆どなきなり・ことにこれらの語を交換するをば、或は「挨拶」をなすとか「時宜」をするとか「禮儀」を知るとか、「交際」の道を知るとかいふ場合にそれらの概念は必ず漢語にてあらはされ、他の語にては容易にこれをいひあらはし得ざる程の現象を呈せり。

 以上の如き日常の言語は既に漢語をその必要なる部分とせざるもの殆どなきが如くなるが、更に進んで時間、場所をあらはす語を見るに、先づ時にては

  いま   きのふ   けふ   あす   あさつて

の如き一二日の前後をいふ場合、又

一日《ツイタチ》  二日《フツカ》  三日《ミッカ》  四日《ヨッカ》  五日《イツカ》  六日《ムイカ》  七日《ナヌカ》  八日《ヤウカ》  九日《ココノカ》  十日 《トヲカ》

の如き十日までは國語を以てすれど、十一日よりは上は僅に

ニ十日《ハツカ》

を除く外すべて漢語を以てかぞふるなり。なほ月を數ふる場合の如きもはじめの部分は

一月《ヒトツキ》 二月《フタツキ》 三月《ミツキ》 四月《ヨツキ》 五月《イツツキ》 六月《ムツキ》 七月《ナナツキ》 八月《ヤツキ》 九月《ココノツキ》 十月《トツキ》

など、國語にていへど、又一ケ月、二ケ月と漢語にていひ、十一ケ月以上は専ら漢語を用ゐるなり。更に月日の次第の如きはたとへば、

  昭和六年五月四日

といふ時に「四日」のみが國語にして他はすべて漢語を以てかぞふるなり。場所にてもほゞ似たるさまなり。即ち

  ここ  そこ  あすこ  まち  むら

などの如き代名詞又簡單に場所をいふ語は國語を用ゐれど、制度上に用ゐる土地の區劃には

   道 府 縣 市 (町《チヤウ》 村《ソン》)

など漢語を用ゐざるものなき程なり。

 更に轉じて學術上政治上の言語を見るに、十中九までは漢語を用ゐるなり。たとへば、

東北大學文學部? (旧版「東北帝國大學法文學部?」)

といひ、またその學科目にて

政治學  法律學  經濟學  哲學  史學  文學  國語學

といふが如きはすべてこれ漢語たるなり。これを政治の上にいひてもまた然り。官廳の名の如きは内閣以下各省のうちに

大藏

を除く外はすべてこれ漢語にあらずや。又官職名の如き

大臣  次官  參事官  書記官  事務官  技師  屬

など、これまた殆どすべて漢語なるにあらずや。ことに憲法をはじめ各種の法典の條文もその概念はすべてこれ漢語にてあらはされてありといひて殆ど不可なきさまなり。

 かくの如き有樣なれば、現代の國語に於いて若し漢語を除き去る時は、日常の挨拶よりして、社會公私の一切の思想交換が殆ど不可能となるともいふべき状態に陷るべしと思はるゝさまなり。今余はかくの如き漢語が如何にしてわが國語に侵入し如何なる方面より移入せられ如何なる時代より移入しはじめ如何なる位置を國語の上に占め如何なる勢力を國語の上に及ぼせるかを仔細に檢討せむと欲するものなるが、先づ、顧みるべきはこの漢語の現状が量に於いて國語の上に如何程の部分を占むるかといふ問題なればそれにつきて一往觀察すべし。

 この漢語の量の問題は嚴密にいへば十分の精査を經たる上ならでは論ぜらるべきものにああねど、ここには概觀してその大數、比量を知らむとするなり。かかる事を最初に考ふるは先にもいへる如く、この量の頗る多かるべきは想像せらる

(中略)

とあり。日本國語の數はここにあげたるにかぎらざるが上に、(落合直文著の言の泉は十三萬言を含むと稱し、その改修言泉は更にこれよりも多くを收め、上田萬年松井簡治著の大日本國語辭典は二十餘萬言と稱す。然れどもその統計を示さず。)なほ外來語の精査せられざるものあり、又現に日々知らず識らずの問に製造せられ又外來するものあるは勿論なり。されど、大體は上の比を著しく破るものにあらざるべく思ふが故に、今ここには唯これを以て概略の標準として説明せむ。

 今この統計の示す所によれば、固有語は僅に全語數の半のみとは抑驚くべからずや。

(中略)


 和語の勢力の及べるところ

  計  二四七八九

 漢語の勢力の及べるところ

  計 一六五〇〇

 外語の勢力の及べるところ

  計  一〇一六

これらの勢力を比較すれば

  和語の勢力   一〇〇  百分比 五十九

  漢語の勢力    六七      三十九

  外語の勢力     五        二

の如し。かくの如くなれば、漢語の我國語に重大なる影響を及ぼせることは疑ふべからざるなり。而して上の統計にて概見せらるる如く單一の語として入れる場合の比よりも熟語として組織内に入りこめる場合を加へたる場合の比の方、増加せるを見れば、漢語が、ただの外來語又は借用語といふに止まらず、國語の組織の内部に深く入り込めるを見るべし。

 以上の如くなれば、吾人のこの研究は一面に於いては國語語彙研究の約半部を負擔するものとして、決して無用の勞に終るべきものにあらざるを豫想しうべきなり。

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