国語史資料の連関 このページをアンテナに追加 RSSフィード

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2007-05-14

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愚管抄

すべてさすがに内典外典の文籍?は、一切経などもきら/\とあむめれど、ひはのくるみをかゝへ、となりのたからをかぞふると申ことにて学する人もなし。さすがにことにその家にむまれたるものはたしなむと思ひたれど、その義理をさとることはなし。いよ/\これより後、当時ある人の子孫をみるに、いさゝかもをやのあとにいるべしとみゆる人もなし。これを思ふに、中/\かやうの戯言にてかきをきたらんは、いみじがほならん学生たちも心の中にはこゝろへやすくて、ひとりゑみして才学にもしてん物をとをもひよりて、中/\本文などしきりにひきて才学気色もよしなし。まことにもつや/\としらぬ上に、われにて人をしるに物の道理をわきまへしらん事はかやうにてや、すこしもそのあと世にのこるべきと思て、これは書つけ侍なり。

これだにもことばこそ仮名なるうへに、むげにをかしく耳ちかく侍れども、猶心はうへにふかくこもりたること侍らんかし。それをもこのをかしくあさきかたにてすかしいだして、正意道理をわきまへよかしと思て、たゞ一すぢをわざと耳とをき事をば心詞にけづりすてゝ、世中の道理の次第につくりかへられて、世をまもる、人をもる事を申侍なるべし。もし万が一にこれに心づきてこれこそ無下なれ、本文少々みばやなど思ふ人もいでこば、いとゞ本意に侍らん。さあらん人はこの申たてたる内外典書籍あれば、かならずそれを御御覧ずべし。それも寛平遺誡?、二代御記?、九条殿の遺誡?、又名誉の職者の人の家々の日記内典には顕密?の先徳たちの抄物などぞ、すこし物の要にはかなふべき。それらをわが物にみたてゝ、もしそれにあまる心つきたらん人ぞ、本書の心をも心へとくべき。左右なくふかたちして本書より道理をしる人は定侍らじ。むげに軽々なる事ば共のをゝくて、「はたと」「むずと」「きと」「しやくと」「きよと」など云事のみ、をほくかきて侍る事は、和語の本体にてはこれが侍べきとをぼゆるなり。のよみなれど、心をさしつめて字尺にあらはしたる事は、猶心のひろがぬなり。真名文字にはすぐれぬことばのむげにたゞ事なるやうなることばこそ、日本国のことばの本体なるべけれ。そのゆへは、物をいひつゞくるに心のをほくこもりて時の景気をあらはすことは、かやうのことばのさは/\としらする事にて侍る也。児女子が口遊とてこれらをおかしきことに申は、詩歌のまことの道を本意にもちいる時のことなり。愚痴無智の人にも物の道理を心のそこにしらせんとて、仮名にかきつくるお、法のことにはたゞ心をゑんかたの真実の要を一とるばかりなり。このをかし事をばたゞ一すぢにかく心得てみるべきなり。

原文片仮名



斎藤正二『「やまとだましい」の文化史』講談社現代新書 p.260 「真名文字にはすぐれぬことばの……」

野村雅昭『漢字の未来』筑摩書房(1988) p.24「のよみなれど……ことばの本体なるべけれ」

齋藤希史『漢字世界の地平』p.90 「これだにも……ことばの本体なるべけれ」

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