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2007-04-24

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内田魯庵「貘の舌」

大正九年(一九二○)、「読売新聞」に連載


漢学が其頃の知識標準であった。革命の動揺がマダ静まらない殺伐な時代には能く釣合っていたので、役人は威厳を保つ為めに、書生は豪放嘉落を衒うために盛んに漢語を使ったもんだ。四民平等というのは実は名ばかりで、役人が依然肩で風を切っていた其頃は、役人や役人の卵である書生が無暗と漢語を使用すると世間一般は矢張風化されて、人に解ろうと解るまいと関わず、というよりも寧ろ人に解らないのを却て得意とするような自分流儀の変梃来の漢語を勝手に使用したもんだ。

 其適例は明治三四年頃に発行された都々逸の本だ。都々逸というやうな俗謡さえ漢語本位となったというは江戸人のデリケートな洗練された情調がいかに田舎武士のために破壊されたかを証するに足る。眠気覚ましに二つ三つを抜いてみよう。

  あいつ故には怠惰が過ぎて百事多難に困迫す

  浮薄訛言な磊落者と知らずに惚れたが口惜しい

まだあるがモウ沢山。(中略)

 此の珍粉漢語の変梃来な俗歌が洽く花柳界を風靡した処に九州野武士どもの跋扈が窺われる。

内田魯庵全集 補1 p24


水原明人江戸語・東京語・標準語講談社現代新書 1994.8 p53 に引用するが中略等を明示せず。

漢学がその頃の知識標準であった。革命の動揺がマダ静まらない殺伐な時代にはよく釣合っていたので、役人は威厳を保つために、書生は豪放|嘉落《らいらく》をてらうために盛んに漢語を使ったもんだ。四民平等というのは実は名ばかりで、役人が依然肩で風をきっていたその頃は、役人や役人の卵である書生がむやみと漢語を使用すると、世間一般はやはり風化されて、人に解ろうと解るまいとかまわず、というよりもむしろ人に解らないのをかえって得意とするような自分流儀のへんてこらいの漢語を勝手に使用したもんだ。

 その適例は明治三、四年頃に発行された都々逸《どどいつ》の本だ。都々逸というような俗謡さえ漢語本位となったというは江戸人のデリケートな洗練された情調がいかに田舎武士のために破壊されたかを証するに足る。

  あいつ故には怠惰が過ぎて 百事多難に|困迫《こんぱく》す

  浮薄訛言《ふはくかげん》な磊落者と 知らずに惚れたが口惜しい

 この珍粉漢語《ちんぷんかんご》のへんてこらいな俗歌がひろく花柳界を風靡《ふうび》したところに九州野武士どもの跋扈《ばつこ》がうかがわれる。

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