国語史資料の連関 このページをアンテナに追加 RSSフィード

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2006-05-30

上田萬年「演劇上の言語」『国語学叢話』明治41年1月29日発行 博文館 p53- 上田萬年「演劇上の言語」『国語学叢話』明治41年1月29日発行 博文館 p53- - 国語史資料の連関 を含むブックマーク はてなブックマーク - 上田萬年「演劇上の言語」『国語学叢話』明治41年1月29日発行 博文館 p53- - 国語史資料の連関 上田萬年「演劇上の言語」『国語学叢話』明治41年1月29日発行 博文館 p53- - 国語史資料の連関 のブックマークコメント

本日は此所に掲げてある「演劇上の言語」と云ふ題で御話を致さうと存じますが、十分に用意を致す暇がございませぬので、たゞ平素気付いて居ります所を書付けて参りまして、それに就いて御話をするのでありますから、定めしあとやさき御聽苦しい所もあらうかと思ひますが、其辺は何卒御汲取を願ひます。此「演劇上の言語」と云ふのは或は私の言ひ方が悪るかったかも知れませぬが、実は独逸語のビューネンスプラーハと云ふ語を訳すつもりで、「演劇上の言語」と致しましたが、或は「舞台の言葉」と致しました方が宜くあったかとも考へます。併し事実に於ては何れも同じ事でありますから、「演劇上の言語」と云ふ題に致して置きます。

(中略)

ビューネンスプラーハと云ふやうな事は、独逸では非常に囂しい問題で、厳格なる発音の規則と云ふものが此上に規定されてある。独逸の俳優の間には一定の規約があって、演劇の上に於て使ふ言葉は、正当の発音法、正当の語格に依ると云ふ事を以て理想としてある、無論方言を使ふ必要のあるときは、それ/\の方言を使はなければならぬけれども、全体劇の上に於て、其劇の言語と云ふものは特別の目的のない以上は矢張一定の規則に束縛された言葉を使はなければならぬと云ふ事である。又仏蘭西の礼を申しましても、私は仏蘭西の事は委しく知りませぬが、西園寺侯爵等の御話に依ると此国には立派な学校があって、其学校に於て種々演劇上の必要なる点を教ふると同時に、仏蘭西語発音の標準を練り、又仏蘭西文学の研究をして居る。此学校で十分の発音を練り、正しい仏蘭西語を話分けることの出来る俳優でなければ、舞台へは出さぬと云ふ制裁が付て居る。云ひ換へて見ると独逸にしろ、仏蘭西にしろ其等の国々では、純粋なる自国語の標準となる所の言葉遣の方法は、演劇の言葉の上で現はさうと云ふ事を希望して居るのである、即ち仏蘭西で発音に疑義のある時には、テアトールフランセーへ行って俳優の発音を聞けば、其発音で分るち云ふやうな次第であります。

保科孝一270-113『国語政策』

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