国語史資料の連関 このページをアンテナに追加 RSSフィード

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2005-02-24

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本云

茲序例、下河原宮新門主【○後柏原皇子道喜】御筆也、僕【○菅原和長】韻鏡一部新造、仍為被助老染被下尊翰畢家

珍不v過v之矣、

抑今渡新造之日、序與四十三轉。分一冊為二策所以者何、序文講釋之時、四十三轉中所々欲述其

義以2一冊作巻舒尤有煩、故別為二冊也後人亦若令講釋者、可有同懐之感者乎、

  予部類検鈔事

 一大珍鈔者

 盧山十世祖大用上人、以韻鏡一部悉七種反音於毎字被註表、據之改正舊本之誤畢、

一字母格者

 五音集韻所編之字皆任三十六字母四聲悉如韻鏡立行位者也、故以彼韻又改正舊本之誤耳、

一字鏡鈔者

 奮本就所誤之字大用上人七種反音注解之日、暫有疑貽之字成甲乙丙丁四部、少々董決之仍應

 韻鏡稱字鑑矣、

一朱圍者

 新本有朱圍之字、予甫就也。或雖在鏡中切韻之時、不可採用、或行位猶未決之字、或雖有誤、其字輒

 不可刪之字等交作朱圍也、以闕疑之義不可取耳、

一序説上下

 以序文講演之便成上下巻兼注鏡中之深旨訖、

 朱書又大永八年【享禄元年】五月 日列圍字記一冊新述畢、

  大永六年九月 日                五更老襦菅和長【六十七歳】

 證本奥書云

  應安四年晩夏之比乎、自書寫校合訖。

  以證本猶可令添削之於序者。以榎並居士宗景自點本慥校點畢、後生知之而已。

                      四明比丘権僧正實厳記【生年卅四歳】

 朱書同七月下旬、借請榎並居士添刊本、慥校合、所違朱字是也。可謂證本乎、

  此書同七年九月廿三日、對植並居士諮受、披講注記大概畢、幸哉云々、

   同聴真理道明両人也

     已上正筆之奧書。一字不違寫之訖。

大永七年四月下旬。以彼自筆正本予新造之本一々校合、元來古本之所誤。改正之後令新造之間。

無大異違者也、爰榎並宗景居士者。於韻鏡説1為2一代之名匠以五音。作一紙之口訣、授檀那院賞厳

僧正、〓勝白傳二百丁者是也、彼僧正亦為悉曇之名匠、其後大用上人追二賢之蹤而可謂道之達

人1然則此新本亦不為本哉矣【序點之中、以v朱成合點分、則是此證本之點也、但可2用捨1也。】

五更舊儒和長書【中略】

 此韻鏡借東坊城前亜相和長卿本令寫之、於序者證本之同筆下河原新宮【號上乗院宮道喜當朝(後奈良)弟】被染

下尊翰1者也。再三命棲合加朱顯等荷不蹄證卒乎、

   大永八年仲夏日           中大夫倉部朋林郎藤言【生年廿二巌】

                              朱印黒印花押


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