国語史資料の連関 このページをアンテナに追加 RSSフィード

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2004-10-15

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音聲の研究』四輯(音聲學協會昭和六年

国語音韻史の研究』に再録・『日本の言語学』(大修館


序論

 ここに述べようとする研究の對象としては、従来全然別物として扱はれて来た二つの問題がある。

  • 1 アメ(雨)に對してアマガサ(雨傘)があり、キ(木)に対してコカゲ(樹蔭)があるやうに、或名詞語根は、他の語根の前について、それと共にーつの熟語を作る場合、その末尾の母音を變化する。
  • 2. カル(枯)に対してカラス(枯)があり、オク(起)に対してオコス(起)があり、ツク(盡)に対してツクス(盡)があるやうに、動詞に或接尾辭がついて更に新しい動詞(又は形容詞)を作る場合、もとの動詞の末尾の音は、或はア列音或はオ列音或はウ列音としてあらはれる。

 この中第一の問題がこれまで扱はれて来たのは、主として發生論的の立場からであつた。たとへばアメ(雨)アマガサ(雨傘)の類については、もともとamaの形が原形であつて、其の形は熟語の中にのみ保存され、語の末尾に於ては終のaがeに弱まつた結果ameの形が生じたものと説明された。或はまたameの形が原形であつて、amagasaの場合にはameのeがga-のaに同化された結果amaに轉じたのであると説明された。併しいづれにしても、國語記録されて今日に残つてゐるものの中、最古の資料に於ても、この音韻變化は既に完全に固定して居り、同一の語根が或場合にはア列音で終り、或場合はエ列音で終ること今日の状態と大體同様である。それ故この種の音韻變化かもし起つたとすれば、いづれ記録以前のことに相違なく、それが推古天皇時代を去る何百年の昔に起つたか何千年の昔に起つたかは、今日知る由がないのである。

 しかしながら、この種の母音交替に関する問題は、單にその交替の原型を發生させた記録以前の音韻變化にのみ存するのではない。問題の音韻變化の一度経過して後、その遺物として残された母音交替の法則は、更に熟語構成上の一法則として文法上の意義を有するに至り、記録以後に於てもanalogyの力によつて言語變化の世界に活動する。それ故、たとひアメ(雨)がアマから變じたもので、古形アマはただ熟語の中にのみ保存されたものであるといふ説が當つてゐるとしても、アマガツパ(雨合羽)といふ語が記録以前から國語に存したものとは思はれない。いづれこの形はアマグモ(雨雲)とかアマガヘル(雨蛙)とか、比較的古い時代から存した熟語に於てアメ(雨)がアマといふ形であらはれてゐるのに倣つて生じたものであらう。さてそのアマグモやアマガヘルとても、a→eの音韻變化の起つた時代に既に存した熟語であるかどうかは、誰も断言は出来まい。又コヱ(聲)ヨネ(米)の語は奈良時代文献にも既に見えるけれども、コワヅクリ(聲作) コワナシ(聲鳴) ヨナグラ(米蔵) ヨネムシ(米蟲)といふやうなコワ、ヨナの形は平安時代初期に始めてあらはれるものである。これらは實際には奈良時代以前から存した形かも知れないけれど、又或はアメ(雨)に對するアマやカゼ(風)に對するカザに倣つて、コヱ、ヨネから新にコワ、ヨナといふ形が生れたのかも知れない。それ故、たとひa→e説が原理であるとしても、音韻變化a→eによつて生じたものは、母音交替e-aの原型となつた幾對かの形に過ぎない。その原型が記録以後の言語にどの程度まで保存されてゐるかは疑問である。

 以上は母音交替a-eがanalogyの力で次第にその原型以外のものにまで勢力を拡張することについて述べたのであるが、なほ一面には之に反抗すべき他の勢力がある。即ちマツ(松)に対してマツバラ(松原)マツカゲ(松蔭)等があり、ヤマ(山)に対してはヤマガワ(山川)ヤマヂ(山路)等があるやうに、同一の語根がすべての場合に同一の形であらはれる例は甚だ多い。従つて、たとへばアメ(雨)といふ語根のあとに他の語根がついて新しい熟語が出来る場合には、ここに二つの類推的勢力が相争ふこととなる。

  • 1 アメ(雨)に対してアマグモ(雨雲)アマガヘル(雨蛙)等があるやうに、アマ何々といふ熟語を作るべきか。
  • 2. マツ(松)に対してマツハラ(松原)マツガケ(松蔭)等があるやうに、アメ(雨)に対してアメ何々といふ熟語を作るべきか。

 この兩勢力は、他のさまざまの類推的勢力の影響を受けつつ互に競争し、その結果優勢な方の形が採用されることとなる。

 以上は新に熟語が出来る場合の話であるが、既にアメなりアマなりの形を以て一つの熟語が出来上つた後、その熟語はいつまでもその形で残るものかといふと必ずしもさうとは限らない。われわれは、霊異記和名抄にタノゴヒとしてあらはれてゐる語を、今テヌグヒ(手拭)と言つてゐる。又雨模様や雨冠の如きは、アメモヤウ、アメカンムリといふ人もあれば、アマモヤウ、アマカンムリといふ人もある。即ち前に舉げた二つの勢力は、既に出来上つた熟語の上にもはたらきかけて相争ひ、既に存在する形を變化してまでもその語を自分の勢力範圖に引き込まうとするのである。

 これらanalogyの世界に働く諸勢力の種類や強さや相互関係は甚だ複雑なもので、興味ある研究問題である。但しこの問題は、さきに述べた發生論的の問題とは切り離して、別箇の研完對象と見なさなければならない。

 さて再び發生論的の問題に立ち戻つて考へると、a→eなりe→aなり、兎に角母音交替e-aを生ぜしめた音韻變化がどういふ性質のものであつたかを研究するためには、なるべく上に述べたやうな類推的變化を蒙る以前の形について研究しなければならない。しかるに問題の音韻變化の起つたのは文書以前のことであるから、最古の國語資料にあらはれた状態とても、既に幾多の類推的變化を経て来た結果である。併し最古の資料にあらはれた状態は、後世のものに比べればなほ本来の形を比較的よく保存してゐるに違ひない。そこで、もし発生論的の問題に立ち入らうとするならば、是非とも国語の今日に知られてゐる最古の状態として、推古天皇時代奈良時代言語にあらはれた状態を統計的に調査する必要がある。

 これから述べようとするのは、これら母音交替の発生問題それ自身ではない。発生問題を論ずるに當つて大切な出発點となるべき推古天皇時代奈良時代言語についての研究である。その時代は便宜上平安奠都以前に限る。資料として用ゐたものは、

  推古天皇時代遺文(仮名源流考所収)

  上宮聖徳法王帝説

  古事記

  日本書紀

  萬葉集(巻十四の東歌及び巻二十の防人歌を除く)

  佛足石歌

  歌経標式

  宣命續日本紀所収)

の八種である。この中萬葉集は単に万と略記し、漢字を以て巻を示し、算用数字を以て丁を示すことがある。又宣命は単に詔と記し、歴朝詔詞解によつて番号を附記することがある。風土記類及び萬葉集東歌防人歌を除いたのは、母音交替を論ずるに當つて諸地方の言語を混じて説くならば、問題を複雑にし、混亂させるおそれがあるからである。


第一篇 動詞

 まづ前述の資料の中にあらはれる動詞の實例を残らず集め、その中から、オフ(負)に対してオホス(負)があり、マス(増)に対してマサル(増)があり、オモフ(思)に対してオモホシ(思)があるやうに、或動詞の単純な形と、それに或接尾辭のついて出来た用言との対立の存するものを残らず抜き出した。但しここにいふ接尾辭の中には、山田【孝雄】博士が複語尾として居られる四種(継続作用をあらはすフ、間接作用をあらはすユ、ラユ、ル、及びシム、敬意をあらはすス)を含まない。又単純な動詞については少くともその活用語尾派生用言については少くともその接尾辭の直前にある音節以下が萬葉仮名であらはれてゐない場合には、研究の目的上役に立たないから採らない。同じ語形の實例が甚だ多い場合には、その中でなるべく古く且確賓なものを代表として出した。

     第一章 接尾辞「す」

 これは四段活用のものと下二段活用のものとがあるけれど、この問題とは直接関係がないから、今は区別せず一様に列舉しておく。

      A、四段活用動詞につくもの

以下略

http://www62.atwiki.jp/kotozora/pages/6.html

http://www.let.osaka-u.ac.jp/~okajima/PDF/arisaka/on-insi/01.pdf