国語史資料の連関 このページをアンテナに追加 RSSフィード

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2004-02-09

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夫人言有自然之音韻焉古人任其自然罕有訛舛蓋夷蠻戎狄言語各殊待譯而通中國則受先王同律同文之治而其言自然正所以古人未有精覈音韻者也自秦漢以降中國之人遷徙無常加以四夷雜居於中國至於兩晉之際天下之人殆乎華夷相半於是中國自然之音厠池侏離遂致有古今音不同此韻學之所以作也晉孫炎始作反音梁沈約始分四聲立二百六韻後有釋神コ者不知何代人著切韻圖載在玉篇卷末此數者蓋韻學之權輿也至於韻鏡不詳何人所作宋季以來行於世其制以四聲爲經七音爲緯先儒以爲梵僧傳之後之考者以爲得其實蓋四聲之名起於沈約而七音之説則出於浮屠氏以七音與四聲縱横布置以定人言自然之音韻此浮屠治悉曇者正梵音之法也今韻鏡以悉曇家法施諸中國字音固非中國素所有也然是法精微可以正音韻可以辨華夷韻學之書似此者後先出而互有得失然要其簡明者莫若韻鏡是以後之言音韻者取正焉云我日本近世之人亦頗有好韻鏡者自釋宥朔開匳以下爲之解者亦多不知幾家然其人皆不學華音徒以方俗訛音言之呼三十六母尚不能辨其五音清濁況其餘乎夫不解華音而治韻鏡猶無耒耜而耕不能一發也故其為説也雖詳而有遺雖精而多詭均之歸於不濟用而已故欲治韻鏡者先須學華音學華音而習之然後四聲可明也七音可辨也内外開合凡百呼法悉可分別也夫然後可以講韻學也嗟乎今之治韻鏡者徒知反切之法而不知所以反切亦安知韻鏡之所以爲韻鏡哉此無他不學華音故也唯吾所善文雄師則不然雄師者平安人也少遊學於関東嘗從予問文字予時有以告之師好華音又好韻學西歸之後濳心於韻學十有餘年自言如有得焉乃恨先輩治韻鏡者皆有所未盡且不知韻鏡之用遂有所發明而著書數編今茲其徒請刻其磨光韻鏡者於是詒予書寄示其所著而問序(純)嘉師之有力於韻學故敍其大綱以贈之如其著述之旨與考覈之動則觀者知之

 延享元年甲子六月辛未 信陽 太宰純

古事類苑・音韻・韻鏡

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