国語史資料の連関 このページをアンテナに追加 RSSフィード

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2003-03-09

[]速記術の発明(明治事物起原 第七学術) 速記術の発明(明治事物起原 第七学術) - 国語史資料の連関 を含むブックマーク はてなブックマーク - 速記術の発明(明治事物起原 第七学術) - 国語史資料の連関 速記術の発明(明治事物起原 第七学術) - 国語史資料の連関 のブックマークコメント

 慶応四年六月刊、黒田氏の『事情補』に、疾書術の一章あり、田鎖氏の速記術以前十五年の記事なり。「疾書術は、近代の発明なり、都て筆を攬て事を記するに、速なること電光の雲を射る如し、其法、通用の二十六字に換ゆるに、一種の付号を以てす。これ唯縦横斜直なる小直画と、大小向背の半月形、及び一個の小圏のみ、又語尾省略し、熟語復用などを一字にし、其他、種々の、繁を舎て簡に就くの法あり、凡そ議事院の会議、外国使節の応接、大獄裁決等、皆其座上にありて之を書記し、又大学士の教授、珍書檄文等の急写の如き、皆この術を用ゆ」と。

 世は自由民権の声高く、政談演説都鄙にあまねし。この世潮に乗りし田鎖氏は、疾書符号の原則を改良し、つひに明治十五年十月、新聞雑誌類に、「日本傍聴筆記法講習会々員募集」を広告し、同二十八日始めて東京において有志者を集めてこれを伝習せり。現今速記社界にて、十月二十八日を紀元日とするは、すなはちこのためなり。

 されども、当時社会にてはこれを知る者はなはだ稀にして、卒業したる子弟も、多くはこれを中絶し、田鎖氏も、その世に知られざる不幸をかこち、間もなく東京を去りてその郷国に帰れり。しかるに、この術を新聞紙に利用するに至りて、にはかに世人の重視するやうになり、またその方式の改良とともに、やうやく一科の術として重用せらるるに至れり。

 さてこの術を最初に実地に応用せるは、明治十六年七月、郵便報知社にて、田鎖氏の門人若林玵蔵を聘し、自由新聞紙上の記事取消請求に関する談判の顛末を速記せしめたるにあり。同氏はまた、三遊亭円朝子の講談怪談牡丹燈籠」を速記して、江湖の喝采を博せしことあり。十七年一月に、若林玵蔵速記法研究会を、裏神保町にはじむ。またかなの会の総会にて、文科大学外山正一漢字破りの演説を、巧みに速記して、『時事新報』紙上に喝采を博せしは、実に林茂淳にして、またこの術の必要なることを、世間に知らしめたるものなり。(林茂淳昭和十七年八月二十七日死亡、行年八十一)

 かくて明治十七、八年頃より、諸般の学術・技芸・宗教等集会の演説は、これを速記して諸新聞紙上に掲載すること多く、世人これを利用する者も、やうやく多きを加へ、ひとり演説のみならず、学者新聞記者等は、これを用ひて著述をなすに至れり。かの時事新報記者渡辺治?著述に成る『三英双美政界の情波』(全五冊)、『鉄血政略』(全十冊)、『水花鏡月』(全一冊)、同記者高橋義雄の著述『拝金宗』(全一冊)、本田孫四郎の『鮮血日本刀』(一冊)、内務省県治局長末松謙澄の『日本改良演劇意見』(全一冊)等のごときは、みな市東謙吉等の速記に成れり。

 府県会およびその他の議会または裁判所についてこれを試みるに、その速記より成れる筆記ものは、日本旧風の筆記と、その精粗難易を異にするをもつて、世人追々その効を知り、官衙にてもやうやくこれを用ひ、林氏は元老院においてその術を用ひ、若林氏は司法省議事速記に雇はれたるがごときは、較著なるものにして、長野県にては、市東氏に托して巡査に速記を伝習し、ならびに巡査練所の課目中にこれを加へ、また二十二年七月十日より、東京警視庁巡査五十名に、速記の教授を速記者市東氏に依託したるがごとき、また私立東京商業学校の課目中にこれを加へしがごとき、まつ速記史中の大なるものなり。

 速記といふ名は、よほど後に至りて出でたる名にて、矢野文雄の命ぜしものといふ。その前十九年頃には、大日本記音学といひ、二十二年に至りて早書学と称し、あるいは傍聴筆記学などいくやうにも呼ばれしが、実際一分間に、二百五十字ないし三百字といふ速度にて写取するゆゑに、速記の名も実際より出でしものなり。

 明治二十三年、始めて帝国議会の召集せらるるや、両院の議事録はことごとく速記を用ひ、今日にては常任速記者五、六十名を傭聘するに至れり。しかうして、議会の第一回より、完全なる速記術を応用せしは、世界各国また例なきことにして、ひとり本邦議会のみやや誇るに足ることなり。

 かくこの術の応用され、社会を利すること鮮少ならざれば、発明者田鎖氏は、二十七年十二月二十四日、勅定の藍綬褒章を下賜せられ、同二十九年には、年金三百円宛終身給与する命を拝せり。当時すでに藍綬褒章を受けし者その数二百余に出でしが、学術発明の廉にて下賜されしは、同氏をもつて嚆矢となす。

  速記者   残念

千手観音へ速記者寒参り

  傍聴筆記  喜好

傍聴筆記かと思ふやつの文

  同       流寄

速記者は手も八町に走りがき

  速記者   狂歌

議事堂に弁論のみか速記者はこれもしのぎをけつる鉛筆

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