国語史資料の連関 このページをアンテナに追加 RSSフィード

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1932-04-01

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 一 其本質

 総ての言語には、発生・発達・変化・消長の四段過程ある事が、言語学上の説明に俟つ迄もなく、皆其実際の事実が、之を雄辯に証明するところであるが其地的環境と生活状態の交錯とによつて、特種の発生を見た方言などに於ても、自然社会の推移と文化の消長とにつれて、著しい変化消長を来すことあるのは言ふ迄もない。之を時間的に云へば、明治初年の言葉が、明治晩年の言葉となり、更に大正時代乃至昭和時代の言葉となつて、其変遷の中に著しいものがあるのである。

 我が郷土、横浜に特有する方言は、我国の方言分布中の関東語に属するものであつて、特り横浜が有する特異なる言語では無いが、一般的には古くから江戸言葉であり、又近くは東京言葉でもあつたのであるが、同じ軌道の上に置かれた言葉が、一は横浜方言として存続し、一は東京方言として残続して来たものである。併し其本質や発生・発達の過程、並に其内容に於ては、全く其範疇を異にして、夫々特異の言語を形成し、一種の方言となり済ました著しいものもあるのである。所謂、横浜言葉開港の初から其存在価値を発揮し、其権輿を誇つて来たものなのである。

 横浜開港は、我国の有らゆる事物の上に目眩ぐるしい進歩と発展とを促がしたものであつて、其開発に伴ふ風俗慣習は、著しく欧米の風潮に傾いたことは当然であつて、従つて言語の如きも、是等の影響に餘儀なくされた結果は、其所に独自な所謂「横浜言葉」と言ふべきものが生れたのが、極めて自然の帰著であつた。則ち渡来の異国人?の口から邦人の耳へ、邦人の口から異国人の耳への其聴覚え?的な不熟言語が、彼我の間に常に交換されたのであつて、これに依つて形成された横浜言葉の本質的な基礎とも言ふべきものは、外国語であり、即ち開港後に外国語の普及されたことは、日本人同志の会話や乃至其文章の上にも、幾多の外国語を混合せしむるに至り、其結果は、邦人下層者の耳にも是等が消化され、邦語化されて、遂には外国語母語とする所の帰化語?が沢山に発生したものなのである。此邦語化された外国語を、異国人には却つて横浜言葉として能く之を咀嚼されて、彼等自身の間にも極めて自然に、何等の不思議も無く、是等が受入れられたので斯くして其声音や語音乃至抑揚などからする、習ふより慣れろから醸出され、巧みに成育されて、茲に立派に邦語化された一種独立の言葉が発生したのであつた。是等の半化好通の特異な異国言葉?を日常に交はして、彼我の間には勿論、横浜在住の人々の間には、通例の会話として用ゐらる丶に至つたのである。則ち横浜言葉は舶来?言葉でもあり、又其転訛でもあると同時に、日本人の製造語ではある。此和製外国語は、現在も猶盛に各所に、横浜人は日常の談話?の中に織込んで、巧みに面白く其慣用語として伝統し来つたもので、又実に懐しい過去を物語る好箇の金字塔とは為つて居るのである。

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