国語史資料の連関 このページをアンテナに追加 RSSフィード

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1876-01-01

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     言語

國制の事を以て熟《つら/\》考ひみれば、蓋古へ郡縣の世には、六十餘州の内佐渡對馬等の島々を除くの外、内地は都て郷音《くになまり》少し宛の違はあるべけれども、言語は大略一樣にてありしなるべし。其故如何となれは、割據の時封建の時等に於ては、各自險に據り國を建て、關を置て嚴に他州人の出入を禁する故、常に隣州《りんこく》の人と言語を接する事寡く、唯其|州人《こくじん》と斗り互に語り合ふを以て、始隣州と同しかりし辭も、年を經るに隨ひ知らす/\變化し、數百年の後に至ては、語脉?辭態全く同しからさる樣になるは必然の勢也。是と云も我邦には西洋各國の如く、聢と定れる語學西洋にても 古は語學聢と定まらざりしに漸文明の今となりては 言語の則 全定まりしとぞ。】と云者なきを以て、其時/\に流行辭出來るに隨ひ、舊詞は新辭と次第/\に移行き其極を知らざる故也。假令て言へは、近年|異人調《いじんてう》【異人調とは、近来異国人、日本語を習ひ覚へて、頗る巧みに使ふと雖、自然其調同しからす、故に仮に異人調と号す】並に漢語、追々に世間に流行するより、今は言詞頗る変化し、旧語は次第に世に疎せらる。

然れども年高の者は、是は舊語、是は新辭と、盡く其別を知て、新舊の差別なく用に適して絶へて指支へなけれども、今より成長する者は、只新語斗りぞ習ふて、舊語は悉く習ふと云ふにあらざる故、數十年の後には、今の[舊語は悉く習ふと云ふにあらざる故、數十年の後には、今の]舊語なる者は、盡く古語の樣になり、竟には註脚を下さゞれは解《げ》す能はざる者多かるべきに至ると一般の道理也。かゝる變化し易き道理に就て、古の事を熟考すれは、古郡縣の時一樣なりし辭も、割據封建の年を經の久敷、各自國々の辭勢語路自然に變し、一種の郷音の樣になり、甚敷違ひを起せしなるへし。然るに今の如く郡縣となり、關もなく國境もなく、六十餘州の人一家の人の如く、親く交りて差別なき時となりては、是は我國詞也と人に對して己の郷音を誇れとも、天下の人其國詞を知らさるを以て、萬事不通なる故、餘義なく己の國詞を舍て、天下一般に通し易き辭を早く學んて用を辨するは、是亦人情の常にして必然の勢也。此必然の勢に因て六十餘州の人盡く從前の國詞を捨て、競て天下に通し易き辭を學んで止ざる時は、予多年ならずして日本國中の辭必一に歸するを知る也。夫言語は、畢竟人の意を通し事を辨するの道具故、雅俗の辨は姑く舍て、普通を以て專一となすベし。如何となれは、大和詞は雅なれとも、試に天下の人に對し、大和詞を使ふ時は、百人の中一二人も解し得る者は無かるへく、江戸辭?を使へは、大抵百人百なから解するを得へし。余故に曰普通を專一とすと。且夫歐州の内にて佛語は雅にして英語は俗なれとも、英語世界中に廣く通するを以て、歐州の人交易の爲に他洲へ出帆せんとするや、必先英語を學んて而る後啓行すと云へり。是に依り是を言へは、詞は雅なるより普通を以て專一とするは世界一般の事也。因て憶ふに、所謂江戸詞日本に於る、猶英語世界に廣く通する如く六十餘州に普く通し易き也。其故如何なる譯と言へは、東京開都以來、殆三百年の間、大小名の藩士、代る/\來りて在勤し、且日本第一の都會なるを以て、六十餘州の人代る/\東京に出て、或は貿易をなし、或は見物す。是を以て江戸詞を廣く八々州に通する也。かく八々州に廣く通ずる江戸詞故、今にては日本の普通詞となるを以て、六十餘州の人の言語、次第/\に江戸詞の一に歸するの勢あり。かく一に歸《き》する勢ある故に、方今は昔の樣に人の語音を聞て、其人の生國を的知《あてる》と云様成事は、絶《たへ》て出來ぬ也。【六十余州の言語一に歸するは 尤も肝要のことにして 學者の尤も喜ぶべきの一事也。故に前回と參攻して 封建那縣の是非をよく/\決し玉ふべし。】

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/767888/13

(『明治文化全集風俗編)



参考文献

松村明(1962)「江戸語共通語となるまで」『解釈と鑑賞』272 松村明(1977)に再録

松村明(1977)『近代の国語桜楓社 p100

杉本つとむ(1988)『東京語の歴史中公新書 p260

古田東朔(1969)「国語ということば解釈157

真田信治(1987)『標準語の成立事情PHP新書 p67

飛田良文(1992)『東京語成立史の研究東京堂出版

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