国語史資料の連関 このページをアンテナに追加 RSSフィード

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1776-01-04

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契沖又『和字正濫要略』を著せる中に、いさゝか字音仮字に云及せることあり。其説に、反切の上字を以て、イヰエヱヲオ等を分つべしと云るは誤也。仮字反切にて分るゝことに非ず。此は或人も既に難破せり。契冲はかばかりのことを考ヘ誤るべき人にはあらざるを、是は深く心を用ずして、たゞ一わたりの理を以てふと定めたる説と見えて、其證例にあげたる字の反切、既にその仮字に合ず、まして其餘をや【強て反切を以て分んとならば、韻字によるべし、韻字とは、下字を云、喉音の三行は韻字にて分るゝ所由はなきにしもあらず】。

○或人、『喉音仮名三異辨』と云ものを著して、かの『要略』を破したるは、まことにいはれたり。然して其説に云、

「凡字音仮名にイヰヲオエヱの三異あれども、其究竟を尋るに全く達例あるに非ず。また是を韻書に考るに、憑据するところ無し。然ればたゞ何の故と云事もなく、古来伝来たる慣例<くせ>なるべし。くせには法則のあるべき謂なし云々」
、又云、
「日本の字音仮名、唐の反切に符合すべき理なし、各別の事也。いかにといふに、唐の反切は三十六字の所属にて切字を定む、喉音に影暁匣喩の四母あり。各々同じからず、日本の音の仮名には喉音アワヤの三つのみあり。又其中にイウエの三つは両属の仮名也。さて又アワヤの三喉音にて唐の影暁匣喩の四喉音をよむに似たるものは、影喩のみにて、匣暁二つはアワヤに係らず、これらを以て、唐の反切と日本の字音仮名と、各別のことにて牽強すべからざる事を知べし、」【以上】
今按、此説理あるに似たれども非なり。是たゞ影暁匣喩とアヤワとを引合するに合難き事をのみ思ひて、唐の反切と此方の字音仮字とは各別の事と謂ひ、韻書に憑据するところなしと云る、是たゞ字母にのみ泥みて其他を考へざるもの也。アヤワの異は字母に係る事には非ず、別に所由あることなるを、何ぞ深く尋ねざるや。今よく考るに、古書の字音仮字悉く法則ありて、韻書の旨と契合することなるを、何の故もなくたゞ古より伝来たるくせ也とは、いかなる妄説ぞや。凡て近きころの学者には、此説の如き見解なる者多し、心すべきことぞかし。

○或説に、「字音仮字は適用の音便に従て転ずる事多し、一例に定むべからず」、と云も非なり。凡て御国言にも字音にも、音便にて仮字のかはる例あることなし。此外も俗書どもに云ることどもあれど、凡て論ずるにも足ず。

○京師の韻学文雄の説に云く、

喉音イヰエヱヲオの仮字古(へ)何に依ると云事知がたしといへども、今を以て准擬するに、以伊已夷意異等は悉く韻鏡の開転の字也。爲韋委威囲遺謂位等は悉く合転の字也。又盈衣叡要曳愛等は悉く開転の字也。恵慧衛會回画穢等は悉く合転の字にして、一つも混雑せる事無し。然ればイエは開口音に用ひ、ヰヱは合口音に用ふべきこととぞ思ふ、さて此格を以て計れば、ヲは開オは合なるべきに、ヲオ共に合口音に属して、遠越弘哀乎等も又於穏飫等も共に皆合転の字にして差別ある事なし、返てオの音に用る憶意等の字開音也。然ればヲオは開合に依らず、別に所由ありて分たりと見ゆ【以上】」。
今按、此説甚善し。まことに畢竟は開合にて分るゝ事也。然れども未其然る所以の本を明らめ得ざる故に、此説もなほ尽さざるところ多く、且オヲの所属の錯れる事を悟らざるゆゑに、此に至て亦窮せり。既にイヰエヱは開合にて分れたるに、オヲのみ其格を離れて別に所由あるべき理なきものをや。又此三対は畢竟は開合の音にて分るゝことにはあれども、ひたすらに韻鏡の開転合転にのみ從ひては、なほ違ふ事多し。是には種々の子細ある事也。委く次に論ずるが如し。

○或説に云、

「本邦の古の言語の音には、イヰヲオエヱ等差別ありて、必混ずまじき道理もあるべけれども字音には仮名の沙汰無用たるべし。いかにとなれば、本より諸の韻書に、アヤワ三行の差別とてはかつて無ことなれば、彼と此とあひかなふべき理もなく、又所詮其仮名はいかやうに書ても苦しからぬ事なれば、とかく論ずるは無益のこと也【以上】」。

今辨して云、抑古御国言の音に漢字の音を借て書る、是を仮字<かな>と云【『古事記』『日本紀』等に歌などを書るもの是なり】。さて其言の音に、古はイヰエヱオヲの差別ありし故に、彼借用たる仮字にも此差別ありて【イヰエヱオヲなどは本より分れたる御国の音にて、仮字は其音にあてて定めたるもの也。然るを後世人の心には、 仮字によりて分れたるものと云へるはひがこと也】、一つも混雑せる事なく、甚厳密にして、天暦以往の古書はいづれも符を合せたるが如し。是を以て觀れば、そのかみ必よるところありて定めし事疑なし。然れば今とても一往考て、韻書に無き事と云て是を廢すべきに非ず。又古既に仮字に用たる字差別ありて、一も混ぜざりしうへは、凡ての字音に附べき仮字も、又後俗にまかせて濫<みだり>にすべきにあらず。かりにも古を思はん人は、必わきまへ正すべきわざ也。なほいはば、仮字は即其字の音註反切の如くなる物なれば、慎ずはあるべからず。仮令アウの仮字を施すべき字に、誤てヲウの仮字を施すときは、安<あん>闇<あん>等をヲンとし、悪<あく>握<あく>等をヲクとするも同じこと也。かくても或人はなほ可也とせんか。

○御国に伝はるところの漢呉音は共に、古(へ)まのあたり彼国人の口に呼声を問て、それを此方の音に協<かな>へて定めしものなれば【此事 委くは『三音考』に云】、喉音三行[二行?]の仮字も彼人の呼ぶ声につきて分ちしもの也。但し彼国にはもとより此三行の差別を立ざれば、其(の)呼(ぶ)人はみづから是をおぼえずといへども、此方の人の聞くところに其差別はありし也【たとへば御国言の言には、平上去入四声を論ずる事なきゆゑに、いかなるを平声、いかなるを上去声ともみづから覚ゆる事なけれども、若し漢人これを聞ば、かならずその聞ところにはおのづから四声の分ちあるべきがごとし】。然れば古の仮字は全く韻書に依(る)事なく、又其三行の異は韻書の謂<いは>ざるところなれども、本(と)彼(の)真の口声によりて定めたるものなれば、おのづから是唐以前の一家韻書の如きことあり【是故に今返て御国の仮字づかひを以て彼国の後世韻書の訛謬を正すべきものあり。委く『三音考』に論ず】。故に今諸の韻書と照し検るに、一往は合がたきに似たれども、よく是を考るに、開合を以分つときは悉く符合するもの也【但し宋末以後の韻書には、誤多きゆゑに合はざることおほし】。そも/\古の仮字はさらに開合を以て分たるものには非れども、自然と開合にて分るゝ理あり。まづ開口音はおのづから軽く、合口音はおのづから重し【此軽重韻書に云ところの者に非ず、御国の音の軽重を以て云也。『音韻日月燈』に、「開転所属字其声単而朗、故爲2之開1也。合転所属字其声駢而渾、故爲之合1也」、と云る、此言御国の音の軽重によくあたれり】。故に御国の軽き音の仮字に用たるは皆開口音の字。重き音の仮字に用たるはみな合口音の字なり。されば今も此格を以て御国の音の軽重字音開合とを引合せて、諸の字音仮字を定むべし。其御国の音の軽重は、上に出せる軽重等第図を以て考ヘ知べく【なほ下に委く云】、字音開合韻鏡に依て定むべし【韻書多しといへども、簡にしてしかも詳に、且さとりやすきこと韻鏡に及ものなし、此書は唐末にいできたるべしと或人の云る、まことにさもあるべし、然れば此方に古(へ)仮字を定めし時よりは後の書なれども、いさゝかも古の音韻を誤れる事なければ、全くよりどころとするに足れり】。但 此書今の諸本開合異同ありて一定せず、故に今是を考定むること如v左。第一転 合也【一本に開とするは非也】、第二転 合也【一本に開合とするは非也】、第四転 開也【開合とする本は非也】、第八転 開也【一本に合とするは非也】、第十一転 合也【一本に開とするは非也】、第十二転 合也【一本に開とするは非なり】、第廿六転 開也【一本に合とするは非也】、第卅八転 開也【或は開合とし或は合とする本みな非なり】、第卅九 第四十 第四十一転 皆開也【皆合とする本は非なり】、其餘は諸本同じ。さて右の如く開合たがひに誤れる中に、開を誤りて合とせるが多きは、後世の韻書に依て私に改めたるもの也【隋 陸法言が『切韻』序、「古今声調既自有別、諸家取捨亦復不同、呉楚則時傷軽浅、燕趙則多渉重濁」と云るが如く、大テイ北方の音は重し。然して漢土後世には北人多く入り雑れる故に、それにうつりて凡ての人の音声次第に重濁になれるによりて、古の開口音のいつとなく合口音に変じたるが多きを、後世の韻書はたゞ当時の音によりて定たるものなる故に、開合もなにも古の音韻とたがへる事多し。然るを世の韻学者 此義をわきまへず、たゞ其呼法を論じたる事の精密なるにまよひて是を信じ、其書を證として、みだりに韻鏡開合を改めたるは、返りてひがことなりけり】。さて又心得べきことあり。漢音呉音とにて開合のかはる事あるを【有 右 田 久 丘 流等字、漢音イウ キウ リウは開音、ウ ユ ク ルは合音なるがごとし】、韻鏡等はたゞ漢音を以て定めたるものにして、呉音にはかかはらず。然るに御国には漢呉を並ベ用らるゝ中に、古の仮字は多くは呉音を用たる故に、漢呉の異にて、韻鏡開合と合ざる事もまゝある也

【是は一一其字の下にことわるべし】。又実は拗音なるを、直音に転じたるにて開合の変ることも又多し【此事は下に委く辨す】。如(く)v此(の)種々の子細ある故に、たゞ韻鏡のうへばかりにても濟<すみ>がたし。故に今是を図にあらはして、詳に字音開合を決す。

○御国の音の軽重の位に任せて、開と合と等分にすれば、正しく此図の如くになる也。上の軽重等第(の)図と考(へ)合すべし。

○右図中白位にあるもの是開音。黒位にあるもの是合音、白黒の交際にあるものは開合に渉る音也。

○凡てに十五音等分して開音九つ合音九。開合音七つ也。

ア行のイエとヤ行のイエと同字なるは共に開音。ア行のウとワ行のウと同字なるも共に合音なる故なり。是にても仮字開合にて分つべき事を知べし。

○イヰエヱオヲの三対の中にイとヰとは第一行と第五行とに在て、中に三行をへだて、エとヱとは第二行と第五行とに在て、中に二行をへだてゝ、共に其位相遠き故に、此二対は分れやすし、オとヲとは第四行と第五行とにならび在て其音相近く、そのうヘオも全開に非ず開合に渉るゆゑに、此一対殊にまぎれ勿き所由、右の図にて明らけし。

右の図と韻鏡開合とを引合せて、字音仮字を定むべし【其中に合(は)ざるものあるは、上に云る子細どもある故也】。さて此図はたゞ喉音のみを著はすといへども、餘の牙歯舌唇半舌歯諸音も皆此例に従ふこと【キャ シャ等はイャに同く、キョ ショ等はイョに同じく、キュ シュ等はイュに同く、クヰ スヰ等はウヰに同じく、クヮ スワ等はウワに同じきがごとし】、下に載る三会(の)図の如し。就て考べし。さて右の図を以て、イヰエヱオヲ六音三対、まさしく開合にて分るゝ所以を暁悟すべし。又その中にオの一音開合にわたる事、下の於<お>飫<お>等(の)字の下に辨ずると合せ考べし。

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