国語史資料の連関 このページをアンテナに追加 RSSフィード

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1776-01-03

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オは軽くしてア行に属し、ヲは重くしてワ行に属す。然るを古来錯りて、ヲをア行に属て軽とし、オをワ行に属して重とす。諸説一同にして、数百年来いまだ其非を暁<さと>れる人なし。故に古言を解(く)にも、此(の)オヲにつきては此彼快からざることあり。又字音仮字<かな>を辨るには、いよ/\旧本の如くにては、諸字の仮字一つも韻書と合者無く、諸説こゝに至て皆窮せり。是に因て予 年来 此(の)仮字に心を尽して、近きころ始て所属の錯れることをさとり、右の如く是を改(め)て験<こゝろむ>るに、古言及(び)字音の疑はしき者、悉く渙然として氷釈せり。まづ古言を以ていはゞ、息<いき>を於伎<おき>とも通はし云、これオはイと同くア行の音なる故也。又居<ゐる>を乎流<をる>ともいひ、多和夜女<たわやめ>を多乎夜女<たをやめ>ともいひ、多和々<たわゝ>を登乎々<とをゝ>ともいひ、『新撰字鏡』に、悎字を和奈奈久<わななく>又乎乃々久<をのゝく>と註せる、これを皆ヲはワ行なる故の通音也【右の言どもの於<お>乎<を>の仮字は、みな古書に出たれば論なし】。然るに是等を、たゞア行ワ行と通ずとのみ意得居るは、その解を得ずして強<しひ>たる者也。さて又山城(の)国(の)郡名 愛宕(は)於多岐<おたぎ>【阿多古<あたご>にも愛宕字を用ふ】、尾張(の)郡名 愛智(は)阿伊知<あいち>【本は阿由知なり】、相模郡名 愛甲(は)阿由加波<あゆかは>、近江(の)郡名 愛智(は)衣知<えち>とある、これを愛字をアエオとア行音に通用せり。又上野(の)郡名 邑楽(は)於波良岐<おはらき>、因幡(の)郡名 邑美(は)於不見<おふみ>、石見(の)郡名 邑知(は)於保知<おほち>、遠江(の)郷名 邑代(は)伊比之呂<いひしろ>とある、これらに邑(の)字をイとオとに用たるもア行通音也。又 凡て一音の地名は、其(の)韻<ひゞき>の音の字を加(へ)て必 二字に書(く)例、木<き>(の)国を紀伊とかくが如し【伊<い>はキの韻<ひゞき>也】。遠江(の)郷名 渭<ゐ>伊、出雲(の)郷名 斐<ひ>伊【『和名抄』今(の)本(は)伊を甲と誤れり。『風土記』に伊に作る】、筑前(の)郷名 毘<ひ>伊【比】、肥前(の)郡名 基肄<きい>【木伊】、肥後(の)郷名 肥伊、備中(の)郡名 都<つ>宇【近江越後などの郷にも此(の)名あり】、同国(の)郷名 弟翳<せ>【勢】、薩摩(の)郡名 頴娃<え>【江】、和泉(の)郷名 呼<を>唹【乎.『神名式』男<を>に作】、參河(の)郡名 宝飫【穂.今本飫を飯に誤れり】、日向(の)郷名 覩<と>唹、大隅(の)郡名 囎<そ>唹、これら皆同じ。然るに呼<を>-唹、宝<ほ>-唹、覩<と>-唹、囎<そ>-唹などにヲの仮字を加<くは>へずして、皆オに用る飫<お>唹<お>等(の)仮字を加へたる【契沖、大隅の囎唹に疑ひをなして、乎<を>をかくべきに唹<お>を書るは、彼国の方言かと云るはいかゞ。和泉の呼唹などには心つかざりしにや】。凡て韻<ひゞき>はアイウエオに限れることなれば、是(れ)又 ア行はオなる明證なり【諸国郡郷の名は、『和名抄』に載て、其文字はみな奈良御代 和銅 神亀のころ、詔命によりて定まりしまゝなれば、いと古<ふる>し】。

【頭注】又 神楽さいばら哥(の)古本に、長く引てうたふ声には、各其韻の安以宇衣於<あいうえお>の字を下に添て書るに、コソトノホモヨロヲの声にはみな於(の)字を添たり。求子(の)哥に、安波礼<れ>衣千<ち>者也布留<る>賀<か>茂<も>能也<や>之呂於乃<の>於比<ひ>女<め>古<こ>於末川<つ>云々、与<よ>呂<ろ>川<づ>世<よ>於不<ふ>止<と>於毛<も>於以<い>呂<ろ>於者<は>安可<か>者安良<ら>之<じ>とあるが如し、是(れ)又 阿<あ>行の第五位は於<お>にして、乎<を>には非る一證なり。


さて又 アイウオの四音は、語の中<なから>に在(る)ときは省く例多し【これは古言を解せる人は、みなよく知(る)こと也。一(つ)二(つ)いはゞ、上の連声にある韻<ひゞき>はアイウオいづれも省きて、跡<あと>をト、穴をナ、市をチ、石をシ、磐をハ、浦をラ、海をミ、上<うへ>をへ、馬をマ、面<おも>をモ、音をト、生<おふ>をフ、と云たぐひなり】。ヲは省く例なし、これ又 オはア行にてアイウと一例.ヲはワ行にて其例に非る故なり。又 歌に、五もじ七もじの句を一もじ餘して、六もじ八もじによむことある、是(れ)必中<なから>に右のアイウオの音のある句に限れること也【エの音の例なきは、いかなる理にかあらむ、未v考】。『古今集』より『金葉』・『詞花集』などまでは、此格にはづれたる歌は見えず、自然のことなる故なり【『万葉』以往の歌も、よく見れば、此格也。『千載』・『新古今』のころよりして此格の乱れたる歌をり/\見ゆ。西行など殊に是を犯せる歌多し】。其例を一二いはゞ、源信明朝臣、ホノ%\ト 有ケノ月ノ 月影ニ 紅葉ロス 山ロシノ風。これは卅四もじあれども、聞悪<きゝにく>からぬは、餘れるもじ みな右の格なれば也。又後の歌ながら、二條院(の)讃岐、アリソミノ 浪間カキケテ カヅクマノ 息モツキヘズ 物ヲコソモヘ。これは句ごとに餘りて卅六もじあり。其中に第二句のワは喉音ながらア行の格に非る故に、此(の)句はすこしきゝにくし、其他の四もじは皆右の格也。故に多く餘りたれども、耳にたゝざるは自然の妙也【右の二首は後世に字餘りの例に引哥也。然れども右の定格の有(る)ことを知る人なし。是は予が始て考へ出せるところ也。可秘々々】。然ればおのづからに如(き)v此(の)格のあるも、オはア行なる一つの證也。

○次に字音につきていはゞ、諸の古書【天暦以往】にオとヲとの仮字に用たる字どもを考るに、オをア行.ヲをワ行とするときは、悉く韻書の旨に符合す、下に一々挙たる字の下を検て悟るべし。若(し)旧慣の如く、ヲをア行.オをワ行とするときは、悉く軽重錯乱して、一字も音韻にかなふ者あることなし。

五十連音(の)図はもと悉曇字母に依て作れるものなるが【其由は別に委(く)辨ぜり】、其悉曇アイウエオに各短長の二音ある、其オの短長を『大日経』・『金剛頂経』・『文殊問経』・及『華厳続刊定記』・空海悉曇釈義』等には汚 奥に作り、『涅槃経』には烏 炮に作り、『大荘厳経』には烏 燠に作り、宝月三蔵は鴎 奥に作り、難陀三蔵は于 奥に作り、『智広字記』には短奥 長奥に作れり。安然の『悉曇蔵』に見えたり。かくて其烏(の)字は、御国の古書にヲの仮字に用ひ、汚も又ヲの仮字なれば、ア行はなほ旧の如くヲなるべしと思ふ人もあるべけれども、凡て悉曇の対訳の字にて、イヰ エヱ オヲは分り難きこと也。いかにと云に、まづ同梵音に対訳の字は彼(れ)と此(れ)と音の異なること多し。是(れ)五天竺の風土の音の異のみにも非ず、又 翻訳者の時世、郷里の音の変異のみにも非ず。多くは漢字音の正しく梵音に当りがたき故也。何ぞと云に、同中天 同南天の音を同時代に伝へたる書にても、対訳(の)字(の)音は一同ならず。同書の内にてすら、混雑せるもの尠<すくな>からず。一にをいはゞ、かの『金剛頂経』に、長(の)ウに汚【引】、短(の)オにも汚とある、是(れ)に一つは引と註したれども、ウとオとは たゞ引と否るとの異のみならんや。梵音は必(ず)差別あるべきを、同く汚(の)字を当<あて>たるは漢字(の)音にて、混ぜること明らけし。又『大荘厳経』等には、短(の)ウに烏【上声】長(の)ウに烏.短(の)オにも烏とあり。空海『釈義』には、長(の)ウにも汚【長声】、短オにも汚【長声】とあり。これを又長(の)ウと短(の)オと全く混ぜり。ウとオとは豈 長短の異のみならんや。又『涅槃経』には、長(の)エに野(の)字をかき、自餘の書には多くヤの音に野(の)字をかけり。是又 エとヤと混ぜり。凡て梵音は、如(く)v此(の)混雑すべきやうなし。悉曇の十二音は殊に正しく分れずはあるべからず。此音乱るゝときは生字の音も随て皆乱るべし。然れば是皆 梵音に正しく当る漢字の得がたき故に、訳者の心々にて、音の似たりと思ふ字を当<あて>たるものにして、或ひは上声 去声、或は短呼 長声、或は声近某字、或は鼻声彈舌などゝさま%\に註せり。又 後(の)人の注釈にも、某字某々反、本音某々反と云ひ、或は不依字など云るも、対訳の音の梵音と合ざる故也。既にエとヤと混じ、ウとオとさへ混ぜるうへは、何ぞオとヲとを分つことを得ん。かの宝月の訳の鴎(の)字はオウの仮字、『字記』の奥(の)字はアウの仮字にて、これをは共に開口音なれば、オに近くしてヲには遠ければ、かの烏等に作る者と合(は)ず。なほ又 慈覚の記には、短に於(の)字を用て、「以2(て)本郷(の)音1(を)呼(ぶ)v之(を)」と註し、長に奥字を用たり。他の諸書には多く短には汚 烏 于等の字を用たるに、慈覚ひとり改て 此於字に作れるは、三蔵の口に呼ところの梵音を親く聞て、ヲに非ずオなることを辨別へたるゆゑ也。御国人は其ころも、オとヲとの音差別ありて、児童もおのづからよくわきまへつれば、彼人の聴分<きゝわけ>しこと勿論也。「以2(て)本郷(の)音1(を)呼(ぶ)v之(を)」とあるにて、御国のアイウエオのオは、オにしてヲに非ることいよ/\明けし。但し五十連音(の)図を作りし人は、かの諸書の対訳の汚烏等の字に依て、ア行にヲを置しも知がたし。又後に拠て入(り)ちがひたるにてもあるべし。たとひ作者の意にて本より然るにもあれ、さやうにては御国の音韻に協はざること、上に舉たる諸證明白なれば、さらに疑ふべきにあらず。其うへかの慈覚の於に改しを思へば、悉曇の方にてもア行なるは、真の梵音はオなるを、烏等の字を以て訳せしは、漢字音の正しく当らざること明らけき物をや。

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