国語史資料の連関 このページをアンテナに追加 RSSフィード

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1695-02-10

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一、此ノ四音の事、倭語(わご)の假名文字(かなもじ)ばかりにて沙汰するにあらず。漢(かん)字本ヨリ各Z別也。

又、文字に書クのみにあらず、口に唱(とな)ふる時にも亦同じからず。其ノ詞に因て其ノ字を使ひ、其ノ假名に隨がひて、其ノ音に讀ム。

古は尋常(よのつね)の言種(ことぐさ)にも其ノ四音の分明なる事は清ミて呼(よぶ)がごとくにて、又、「い・ゐ・ひ・を・お・ほ・え・ゑ・へ・わ・は・う・む・ふ」の十四字【又音に「あ・わ」の紛あり。「奥(あう)・央(あう)・王(わう)・横(わう)」の類是なり】をも能ク別Zに謂ヒ分ちぬと見えたり。

定家卿の時分に至りて已(すで)に彼ノ十四音を呼亂(よびみだ)したる故に、親行是を勘辨(かんべん)して假名文字遣(かんなもじつかひ)を定められき。

され共、此ノ四音はいまだ違はざりしにや、其ノ沙汰なし。今時のごとくならば、此ノ四つの假名をも書キ分て、定メ置(をか)るべき事也。今又世の降れる故にや、吾人かく取リ失なひぬる成ルべし。

其ノ證據(しょうこ)を擧(あげ)ていはば、京都中國坂東・北國等の人に逢ヒて、其ノ音韻(おんゐん)を聞クに、總(すべ)て四音の分辨(ぶんべん)なきがごとし。唯ダ筑紫(つくし)方(がた)の辭(ことば)を聞クに、大形明カに言ヒ分クる也。一文不通の兒女子なりといへ共、強(あながち)に教(をしふ)る事もなけれども、自然に聞キ習ひて常Zの物語にも其ノ音韻を混亂(こんらん)する事なし。「文字(もじ)」を「もじ」、「綟(もぢ)」を「もぢ」、などと聞ゆる事は、都(みやこ)人の「葦(あし)」と「足(あし)」とを言分(いひわく)るがごとし。寔(マコト)に國風の然らしむる所なりとはいへども、不思議なる事なるべし。

是に付て關東・鎭西(ちんぜい)の人の、「鼻(はな)」を「花」といへるを聞ク時は、通事(つうじ)あらまほしく覺ゆれ共、尚ホ苦しかるまじきにや。本より人の千言萬語をば以呂波四十七文字にて書キ記す事なれば、「鼻」と「花」とを假名にてかゝむ時、文字の音は同じかるべきなり。「梓(あづさ)弓春立」とも詠じ、「月日は杉の門」ともいへり。皆是レ四聲の訛(なまり)に拘(かか)はらずして十行(じっかう)の音に寄(よせ)たる成ルベし。然るに「彌陀(みだ)の六字(ろくじ)」に「大道の陸地(ろくぢ)」を付ケ合ハせ、「吉野の葛(くず)」を屑屋(くづや)の軒(のき)に取リ成す事は、假名に書キても、音韻に呼ビても聞えぬことなり。誠に「端(はし)・箸(はし)・橋(はし)」などとて音聲(おんじゃう)の高低(かうてい)自由(じゆう)なる都(みやこ)人の、此四つの音ばかりを言ヒ得ざらん事は、最モ口惜き事也。豈(あに)習學(しうがく)せざるべけんや。

参考文献

亀井孝「蜆縮凉鼓集を中心にみた四つがな」

矢田勉国語学史における音声音韻変化の発見過程」

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