国語史資料の連関 このページをアンテナに追加 RSSフィード

間違い・不足などがありましたら、せせら笑って済ませずに、コメントを頂くか、よりよいものをどこかで公開なさっていただければ、幸甚至極です。

1477-01-02 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

史記

 補史記トハ司馬遷ハ黄帝以下ヲ載テ、三皇ヲハ残テ不紀

 ホドニ補史馬遷之史記、而作三皇本紀也。

  小司馬氏、小ノ字ハ尊司馬遷而自謙之稱耶。稱氏

  不稱名ハ左傳曰杜氏、尚書曰孔氏傳、毛詩曰鄭氏箋、

  周禮禮記曰鄭氏注之義歟。六經之中、只易バカリ王弼

  注トアルゾ。

太史――漢書注、如淳曰、漢儀注、太史公武帝置位在丞相

上、天下計書、先上太史公、副上丞相、序事如古春秋。遷死後、

宣帝以共官爲令、行太史公文書而巳。晉灼曰、百官表無太

史公在丞相上。又衛宏所説多不實、未可以爲正。師古曰談

爲太史令耳。遷尊其父、故謂之爲爲公。如説非也。劉攽曰、周

制外史掌四方之志、布在諸侯國。其位上士、皆在諸侯之郷

上。秦亦有之。故漢儀注所謂太史公在丞相上、謂此也。衛宏

所説亦不可謂之全非。宋祁曰、邏與任安書自言、僕之先人

文史星暦、近乎卜祝之間、固上所戯弄、倡優畜之、流俗之

所輕也。若其位在丞相上、安得有此言邪。百官表不著其官、

信其非矣。良史ハ劉向楊雄カホメテ云タゾ。家承――昔在

顓頊命南正重司天、火正黎司地。臣瓉ハ南正重司天ホド

ニ、北正黎司地テアラウスト云ゾ。顔師古ハ只火正テアラウスト云

ゾ。ニ正ト云ハ、南正重北正黎ゾ。司馬氏ハニ正ノ後ゾ。唐虞之

際、紹重黎之後、使復典之、型于夏商。故重黎氏世序天地、其

在周、程伯休甫其後也。當宣王時、官失其守而爲司馬氏、世

典周史云云。五百之運ハ五百年ニ一度カヽル人才カ出ル其運

ニアタル事カアル歟ゾ。廉以――代々史官ノ家チヤホドニ圖籍

ヲツカサトルゾ。サルホドニ絶筆闕交ヲ慨傷スルゾ。逐乃――錯綜

ハ絹帛ヲ織ニ、糸ヲタカヘマシタナリゾ。嚢括ハ嚢ノ口ヲヒツクヽル

ナリゾ。本皇――歴載――久イ事ハヨウモ不知ホドニ罕補ゾ。漁獵

――漁獵ハ渉獵ト同心歟。又ハ漁獵シテ魚鳥ヲトルヤウニスルト云

心歟。言ハ百氏ヲ取テ可筆則筆、可削則削シテ一家ノ書ト成

ゾ。父作――司馬談カ史記ヲ作ランスル志カアツタヲ司馬遷

カ述シテ作ルゾ。曰本紀ハ聖徳太子藤ノ森ノソウクワウ天皇ノセラ

レタゾ。此史記ニ合セハチツトノ事ゾ。然共――カウテ叙勸褒貶

カ上手テヨクシタゾ。後之――史記カ出來テコソ皆史記ヲ本ニ

シテ前後漢書、三國志、南北史、東西晉書、隋書、唐書、五代史、

宋史、金史、遼史、元史モ撰タゾ。史記古今ノ法則ニナツタゾ。本

紀、諸書、諸表、世家、列傳ナントヲ序タハ史記カラ始タゾ。夫以――

言ナンテマリ物ヲ始テスルカ大事ナゾ。主分之君トテ大事ナ事

ゾ。因循シテ物ニ據テスルハヤスイモノゾ。自左――左傳モ帝王年

代ヲコソ編シタレ、何書テマレ、史記ヨリサキニ此體制ニシタハナイゾ。

司馬遷カシタイタゾ。紀傳ハ本紀列傳ゾ。書表ハ八書、年表等ゾ。

莫不――成歳十ニハ一歳十ニ月ニ象ルゾ。八節ハ分至啓

閉ト云テ、春分、秋分、夏至、冬至、立春、立夏、立秋、立冬、是カ八節

ゾ。剛柔ハ剛日ハ甲丙戊庚壬也。柔ハ乙丁巳辛癸也。剛ハ陽、

柔ハ陰也。三旬ハ一月三十曰ヲ云ゾ。懸車――ハチツト不心得ゾ。

懸車ハ致仕ヲ云ゾ。致仕ヲハ七十テスルゾ。七十ヲ曰致仕ホドニ

ゾ。人臣ノ間ハ七十マテチヤ程ニ取タ歟ゾ。百三――愡計百三

十卷ゾ。百卷ナラバ百卷テコソアラウスレ、三十アマルハ閏餘成歳

之心ニ象ゾ。其間――此以下ハ言何事ヲモヨク廣ク記[シテ]文辞

モヨク面白ゾ。斯亦――盡美テヨケレトモ、マタチツト不足モアルゾ。

何事カ不足ナソト云ハ次下ニ論スルゾ。雖意――意ハ昔時ニ出

テ云タレトモ、義ノヨウモトヽカヌ事カアルゾ。蓋先――此先史カソ

ナワラネハ、後學ノ疑ニナルゾ。其樣ナ事ゾ。何事ソト云ハ、借如――

已五帝本紀ヲセハ、ナセニ三皇本紀ヲハセヌゾ。世家ハ列國諸

侯ヲ載ルニ、ナセニ外戚ヲハ入タゾ。邾許ハ小國ナレトモ孔子ノ春

秋ニ載セラレタニ、ナセニ世家ニハ不入ゾ。張敖、呉芮ハ巳敵國チヤ

ニナセニ不載ゾ。並編――如上闕タ事トモカアルカ恨ヂヤゾ又列

――管晏、老子韓非ヲ載タニナセニ季札、子産、叔向、史魚ヲハ

不載ゾ。伯陽――同傳ニスルハ同樣ナル者ヲコソ載スルモノチヤ

カ、大ニチカウタル者、同傳ニシタゾ。靜ハ老子、躁ハ韓子ゾ。徳ハ老子

刑ハ韓子ゾ。今宜――後世ニカウ編シナヲシタゾ。開元ニ十三

年ニ奉勅、老子傳ヲ升タゾ。可不――バカウシタラバ、ワルカラウス

歟ト云ハ、ヨカラウスト云心ゾ。其中――チカイソムイタ事モアルゾ。

踳駮ハ雜シテマタラナゾ。馬ノ班ヲ駮ト云ゾ。雜シタト云心ゾ。或篇

――事ノ次第、語ノ顛倒シタリ、、賛ヤ論ノアライ事モアルゾ。蓋由

――如上ノチカイメハ、非罪ニ逢テ暇隙モナカツタホドニ道理ゾ。

非罪ハ李陵カ匈奴ニ降シタハ、道理テサウト云テ、其ニヨリテ根ヲ

キラレテ、蠶室ノ温密ナル處ニイタゾ。蠶室ハ腐刑ノ居ル處也。故

十――カウ非罪ニ逢テ暇モナカツタホドニ、十篇録シタマテヽ書

ノナイカアルゾ。漢書司馬遷傳ニ 遷カ自叙傳ヲ引テ、自叙云爾

ト云下ニ、而七篇缺有録無書。注曰張晏曰、遷没之後、亡景

紀、武紀、禮書、樂書、兵書、漢與巳來將相年表、日者列傳、三王

世家、龜策列傳、傅靳列傳。元成之間、楮先生補缺作武帝紀、

三王世家、龜策曰者傅、言辭鄙陋、非遷本意也。師古曰、序目

本無兵書。張曰亡失、此説非也。劉奉世曰、兵書即律書、蓋當

時有爾。然其――微婉ハマケテ人ニ面白カラレウトスルゾ。其樣

ニハナイゾ。南史カ樣ニ典實ニマツスクナ處カアルゾ。董狐南史無

一筆ト云テ人ノ名ゾ。古ノ良史ヂヤゾ所以――如上ニアルホド

ニ楊雄班固カホメタゾ。道理ヂヤゾ後褚――褚少孫ハ褚先生

ト云モノゾ。韓毛頴傳ニ楮先生ト云タモ、此褚先生ト云カアルホ

ドニ、褚ト楮ト音近ホドニ是ニナラウテシタゾ。褚先生カ補タレトモ、マ

タヨウモソナワラヌゾ。貞業――謝顓ハ何人トモ不知ゾ。司馬貞

實ニ謝顓ト云者カ門人歟。不知別有故事、而自謙之語歟。家

傳――ハ司馬氏ノ家學ゾ。家學チヤホドニヨク討論シテ司馬遷

カ先志ヲモ續成タリ。舊史ヲモ潤色セハヤト思テ、下ニアルヲ上ヘ

アケツナントスルゾ。其有――不足處ヲハ別ノモノヲ採テ補ゾ。其

百――索隱述賛ノ事ヲ云ゾ。皆ノ事ヲ周悉ニ賛シバセネトモ、

述賛テ卷々ノ末ニ附シタゾ。ヨウハナケレトモ可觀事モアラウゾ。其

所――ナヲシタ事ハ後ニアルゾ。至如――徐廣ハ音訓ヲツケテ

チカイメヲ記シタマテゾ。ヨイワルイヲモ、ヱカンカエヌゾ。注ヲモ解釋スル

ヤウニセヌソ。其裴――名家トハ裴松之カネチヤホドニ裴駰ハ

ヨクシタゾ。然則ト云心ゾ。ヨケレトモチットワルイ處カアルゾ。ナニ事ソ

ト云ハ至於――盤根錯節――ノムツカシイ處テハ、ヲトモセイテ、

シラヌヤウテイタゾ。此モ通達シタル學トハ云マイゾ。今輙――裴駰

ヲ本ニシテ、我カ管見ヲシメシテ重テ注スルゾ。號曰――顔師古

注シタ漢書ヲハ顔氏漢書ト云ホドニ、我モ位コソ師古ニ不及ト

モ舊史ヲ補テ、新意ヲ下テ注シタホドニ、何讓[コト]カアラウソ、チヤホド

ニ小司馬史記ト云ゾ。

トラックバック - http://kokugosi.g.hatena.ne.jp/kuzan/14770102