国語史資料の連関 このページをアンテナに追加 RSSフィード

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1477-01-01 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

史記集解序

 集解ハ九経諸子百家漢書音義等ヲ取リ集テ注解シタソ。

  裴駰ハ三國志ノ註シタ裴松之ト云者カ子也。宋書ニ父

  子同伝ニアルモノソ。同シク南史列伝第ニ十三巻ニモ父

  子同伝ニ載也。序

班固――此序乱脱シタソ。自頭至勒矣。其下ニ服其――至不隠

悪ノニ十六字カ入ル也。此次へ又其――至之才マテカ入ルソ。其

次ハ故謂ソ。論語ナントヲ読ニハ此様ナ処カ多ソ。先漢書ヲ作タ

者ヲ証拠ニ取出タソ。此ハ班固カ漢書司馬遷伝賛中之語也。

其賛如此本也。拠左――左氏ハ春秋左氏伝也。経ハ自周

平王四十九年、魯隠公元年至敬王四十一年、哀公十六年

也。傳□哀公ニ十七年マテシソヘタソ。国語ハ左氏国語ソ。此モ

丘明□シタソ。自周穆王カラ敬王マテノ事ソ。其諸侯ハ魯斉晋

鄭楚呉越七国之事ヲ載タソ。左氏ト国語トヲ拠ニシテ史記

ハ作タソ。采世――世本ハ古史官カシタト云テ誰某氏カシタト

モ不知ソ。黄帝カラコチヘノ事トモヲシルシタソ。戦国策ハ上継春

秋下至楚漢之起、ニ百四十五年間之事ヲ載タソ。六国ノ時

ノ事トモヲシルシタソ。短長書トモ云ソ。劉向カ戦国策ト名タソ。司

馬遷カ采タ時ハマタ短長書ソ。班固ハ後ノ名ヲ取タソ。周威烈

王カラシテシタソ。通鑑ト同時分カラヲシタソ。述楚――楚漢春秋

ハ項羽与高租之戦ノ事ヲ記シタモノソ。接其――トハ楚漢春

秋ヨリ後ノ恵文帝以下、武帝ノ天漢マテノ事ヲ接テ史記ニ載

ソ。史記ハ天漢四年ニ撰シタソ。秦漢ノ間ノ事ヲヨクシタソ。至於

――此以下ハ如上云ナレトモ、チツト短処カアルト云ソ。言ハ采

經摭傳テアチコチノ事ヲ載スルニ、アチノ傳ニハ念比ニシテ、コチノ

傳ニハ疎略ナ事モアリ。抵捂ハ物ノ參差トシタルナリゾ。屋ヲ造ニ

梁上ニヨコサマスチカイニサシハカリモノゾ。言ハアチニ云タトコチニ

云タト事ノ參差シタカアルゾ。亦其――此以下ハ如上ニ不足

ナ處モチツトアレドモ、カウイカメウハ、ナニトシテセウソト云ゾ。渉獵ハ

ヘシテ念比ニモナウテ、コ丶ハカウ、アソコハカウト見テトヲルヤウナヲ云

ゾ。渉ハ河ヲ渡ル時ハサフメカイテワタリテトヲルゾ。獵ヲスルモ、ウチマ

ワリテ獵スルマテゾ。サノミ念比ニハセヌモノゾ。言ハ經傳古今ニワタ

リテヒロクシタゾ。上下――黄帝カラシテ天漢四年マテ、ニ千一

百一十三年間之事シタゾ。是ホトハ誰カセウゾ。此下へ服其――

ヲ入ルゾ。此以下猶ホムルゾ。事ノ理ヲヨク云ゾ。辨カスキツレハ必

華ナ事カアルモノチヤカ、辨ニハアレドモ、華ニハナイゾ。辭カ質朴ナレ

ハ、ヘタケナモノチヤカ、質ニハアレドモ、俚ハナイゾ。文章ハ直筆ニシルシ

テ、チツトモソラ事カナイゾ。不虚――ヨウモナイ者ヲヨイトホメタリナン

トモセヌゾ。又惡ヲモカクサス、ワルイトシルスゾ。此下ハ又其――此

ヨリ以下ハ又カウアレドモ、人ニチツトワルク云ワルヽ事カアルゾ。何

事カ謬於聖人タソト云ハ論大――此等ノ論カ、チツト聖人ト

チカウタゾ。道ノ大ルヲ本ニシテハ黄老ヲハ六經ヨリ先トシタゾ。游

侠ノテラタツル者ヲツイテヽハ、處士ノ閑ナル者ヲハ退テ、姦雄ノカ

タマシイ者ヲ進ルゾ。述貨――貨植ノ事ヲ云ニハ利ノ方ヲ本ニ

シテ貧賤ヲ羞ルゾ。崇勢利之下有而羞貧賤之四字也。此其

――此等カ司馬遷カ理ニ暗ト云ワルヽ處ヂヤゾ。然自――此以

下言ハ如上所謂理ニ不逹處モアレドモ、劉向楊雄ト云博學

ナル名人トモカ云タ事カ後世ノ本ニナルベキカ、此ニ人ハ皆司馬

遷ヲ良史之才ト云テホメタゾ。故謂――サルホドニ史記ヲハ實

録テヨイト云ゾ。發端ノ司馬遷ト云カラ此マテカ班固之語ゾ。駰

以――此以下ハ裴駰之辭ゾ。言上來ノ班固ガ語ヲ世人カヨ

ク云タト云ゾ。難時――此ハ言ハ史記ニチツットハワルイ處モアレ

ドモ、イカメウヨクシタゾ。紕繆ハ絹帛ノシケゾ。史記ヲヒロクシタホドニ

紕繆ハアレドモ、一家ヲ成タゾ。實勒――左氏國語以下諸史

及楚漢春秋等ノ書ヲ以テ成一家タゾ。勒トハカケテ行ク馬ヲヒ

キトヽムル樣ニ、ヒロイモノトモヲ一家トナシタゾ。總其――言ハ司

馬遷非常才也。大較ハ大略ゾ。命世ハ次世ゾ。考較――此以

下ハ言ハ史記諸本ノチカイメノアル事ゾ。多モアリ少モアリ、トレ

カヨイチヤヤラウモ不知ゾ。而世――アレカヨイコレカヨイト云ヘトモ彼

本ニ是モアリ、非モアリ、此本ニ眞モアリ僞モアルゾ。舛ニハ互ノ心テ

ハナイゾ。物ノタカウタ心ゾ。故中――此言ハ徐廣カ音義及注ヲ

作タヲ云ゾ。麤有――ヨクシタレトモ、アマリスクナイカ恨ヂャゾ。念

比ニハセヌアライゾ。殊ハ絶ノ心ゾ。木ヤナントヲツントキツタリナント

シタヲ云ゾ。漢書等ニ殊死ナント丶云モアルゾ。聊以――此ハ裴駰

カ徐廣之注ノ上ニ増テシソヘタゾ。采經――此言ハナンテマリ此史

記ニ用ノアルモノヲ取テ注ニ抄シ内ゾ。刪其――此言ハ所采

經傳百家等書之中ニ游辭ノ無用ナル辭ヲハ刪去テ、簡要ハ

カリヲ取テ注ニ入タゾ。游ハ游手閑民ナントノ心ゾ。或義――此言

彼此三兩義アルカ、此モ好、此モ好ト思テトレカマシヤラウ不知

様ナヲハ、トレヲモ載タゾ。漢書――史記注ハ漢書音義ヨリ後ニ

シタモノゾ。臣瓉ハ姓ヲ不知ホドニ我ト臣瓉曰トシタマ丶載也。蓋

其時職典秘書タホドニゾ。于瓉カ事テハナイ、傅瓉テアラウスト注

ニシタゾ。注ニ引タル祿秩令ト云タリ茂良書ト云モノハ西晉ノ時

亡タホドニ于瓉テアルマイゾ。傅瓉ハ西晉ノ時ノ者チヤホドニ不亡

之前ニ可見ゾ。于瓉ハ穆天子時ニ死タホドニ不可見ゾ。今直――

史記ニハ臣ノ字ヲ略シタゾ。其餘ノ姓名ヲ不知ヲハ漢書音義

引タゾ。時見――此言裴駰カ我カ微意ヲ以テ裨補タゾ。譬嘒――

此ハ駰カ自作レ注之由ヲタトヘテ謙テ云ゾ。嘒タルハ小星ノナリゾ。

小星ノ朝曰ノ出マテアルヤウナゾ。言我淺薄之才テ史記ヲ注ス

ルヲ云ゾ。下句モ同心ゾ。チツトナレトモ益モアラウト云心ゾ。以徐――

徐廣ヲ本ニシテ諸家ノ説ヲ辨シテ集解ト名タゾ。未詳――此言ハ

ヨウモ不心得事ヲハ、注シモセイテヲイタゾ。何テカアルラウ、我カ胸臆

ノ説ラバ云ワヌゾ。ナセニト云ハ人心――チカイメカアルモノチヤホド

ニ、ヲツヽケタ事ヲハセヌゾ。班氏――此言ハ班固カ疏略抵捂シタ

ト云處ヲハ辨シモセイテヲイタゾ。 依違トハヨクモ不知ヲハ疑テヲイ

タト云心ゾ。愧非――此以下ハ駰カ自叙ゾ。多聞博物ノ才テモ

ナウテ末學ノ心チシテ史記ヲ注シタハ、舊史ヲケカシタモノゾ。博物

モ多聞モ同心ゾ。胥臣之博物之下注ニ黄帝ニ十五子及屯

豫皆八等ト云ハ國語ニ詳也。晉語云、秦伯歸女五人懐贏與

焉。細註懐贏子圉妻也。子圉逃皈、立爲懐公曰懐贏○公子使

奉匜沃盥、既而揮之。贏怒曰秦晉匹也。何以卑我。細註匹敵也。

卑賤也。○子懼降服囚命。細註撤上服自囚以听命。○秦伯見

公子曰、寡人之適此爲才適妃也。○子圉之辱備嬪嬙焉。細註辱

質於秦時。嬪嬙婦官。○欲以成婚而懼離其惡名、非此則無

故。不敢以禮致之。懼之故也。細註言欲成婚、懼以爲圉妻惡、離

其惡名、非有此則無它故。不敢以婚姻正禮致之、而令與玉

人歎愛此女之故也。○公子有辱、寡人之罪也。唯命是聽。公

子欲辭。司空季子曰、同姓爲兄弟。細註賈侍中云、兄弟婚姻之

稱也。昭謂同父而生徳、姓同者爲兄弟。言惠公重耳其徳不

同、則子圉道路之人可以妻其妻。○黄帝之子ニ十五人、其

同姓者ニ人而己。唯青陽與夷鼓、皆爲己姓細註此文相與同

徳、故倶爲己姓。○青陽方雷氏之甥也。夷鼓彤魚氏之甥也。

細註方雷西陵氏之姓。彤魚國名。帝系曰、黄帝娶於西陵氏之

子田【女+累】倶實生青陽。金天氏帝少皡也。○其同姓而異

姓者、四母之別爲十ニ姓。凡黄帝之子ニ十五宗。細註唐尚書

曰、繼別爲小宗非也。繼別爲大宗別之。庶孫乃爲小宗耳。○

其得姓者十四人、爲十ニ姓。細註得姓以徳君官而初賜之姓。

謂十四人爲カ、ニ人爲姫、三人爲己。故十ニ姓云云○公子親

筮之曰、尚有晉國。細註蓍曰筮。尚上也。命筮之辭也。○得屯悔

豫。皆八也。細註内曰貞、外曰悔、震下坎上屯、坤下震上豫。得此

兩卦、震在屯爲貞、在豫爲悔。八謂多爻、在貞在悔、皆不動。故曰

皆八、謂爻無爲也。○筮史占之、皆曰不吉。細註筮史筮人掌以

三易、卞九筮之名。一曰連山、ニ曰皈藏、三曰周易。以夏之連

山、商之皈藏、占此ニ卦、皆言不吉。○閉而不通、爻無爲也。細註

震爲動、動過坎、坎爲險、險阻閉塞不通、則無所爲也。○司空

季子曰、吉是在周易、皆利建侯。細註以周易占之ニ卦、皆吉也。

屯初九曰、利建侯、豫大象曰、利建侯行師。○不有晉國、以輔

王室、安能建侯。我命筮曰、尚有晉國。告我曰、利建侯得國之

務也。吉孰大焉云云。豈足――言ハ此史記之作ハ大才ナル者

ノ用ニ立ツヘキテハナイゾ。畜徳ハ積徳ノ心ゾ。畜ノ音ノ時ハタクワ

ヘタ心ゾ。庶賢――是ハ我カ事ヲ云タケナゾ。積徳ノ人ノ用ニコソ

不立トモ所用心モナウテ、只イタツラニ、ナニモセイテヲラウニハ、マシテ

アラウスホドニ注シタゾ。論語不有――フセラウヨリハ博奕ハマシ

ト云タ文勢ゾ。

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