韻鑑古義標注

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韻鑑古義標注

 泉州界浦沙門叡龍韻鏡古義標註享保丙午十一年(二三八六)に出板。龍は

國朝の儒を業とする者は韻學讀書に於ける大に資益あることを知らず、惟其の源の西天よりせるを悪みて棄てゝ是に籍らざるは太だ偏せり。故に書卷を繙けば覺えず正音を誤犯す。

韻鑑に通ずと爲す者は専一に道俗の名を反切して猥に歸納の是非を説き剰へ字の少きに苦しむ等すべて本旨に違ふ。

と其の序に述べたる如く韻鏡名乗反切に用ふる百年間の迷雲を排して之を以て読書正音を明すの恵燈たることを喝破した。誠に卓越な意見で自ら古義と標するも宜なりだ。蓋し伊藤仁斎が京師堀川に在りて復古学を唱へ、其の論語古義正徳二年(二二七ニ)に孟子古義享保五年(二三八〇)に刻成せられて居る如く我より古を作すの氣運は當時に磅〓して居たのだから、叡龍は能く其の間気を得たのだらうが誰に師事したかなどゝは毫も詳にせられぬ。

 古義標註は補遺を合せて三巻、補遺の末の「韻鑑古義傳授之辨」は享保丙辰(即ち元文元年-二三九六)と署せるが、其に漣窩 河野齋通清と題するは此の時既に還俗して叡龍の名を棄てたので有る。又同卷には漣窩先生述作書目として本書の外に

  字彙卷未解 二巻 七音略輯釋 二卷 切韻司(指)南大義 二巻

  韻学津梁 二卷 應師衆経音義韻譜 十卷(以下四種未刻)

  經緯玉露 二卷 玉篇指南略釋 一卷 顧氏玉篇韻譜 五卷

の八種を出して居る(この外にも〓字篇などが有らう)。

 標註の上巻は張氏の序列に頭註を施し、下巻には韻鏡各轉を出すの前に少しく内外轉、協聲、入聲仮借等の術語を釋し、補遺には前に遺したるを補ったもので全部漢文漣窩は古の善本を獲たと見えて各転の開合永祿本と同じく唯第廿七轉のみは合を開と改めて居る。此の變改は寛永五年本から始まるのだが、今日より云へば第十七轉には阿歌等の字が有りて、之を合轉とすればワ、クワの仮名とぜねばならぬから吾が國の用法によりて改正したとも見られるが、寛永の古に若くは漣窩に此く開合のけぢめは意識せられなかったらうから其の所以は分らぬ。

 漣窩韻鏡讀書の正を得しめるものだと絶叫したが、我が國の字音については案外幼稚な見に止まったは左の一節でも分る。

國朝の學生。同用音を曉らずして日ノ字のジツ、ニチの二音又は萬ノ字のバン、マン或は南ノ字のダン、ナン、恵をケイ、エイとする類を漢呉音の異となすは誤れるの甚しきものなり。

けれども漢籍については餘程研究したと見えて寛保壬戊(二年-二四〇二)に「漣窩先生口義 永田直筆受」 として出した改點韻鏡には

  音注を讀む五種の例

   反切  省カヘリミル悉井反  ハブク所梗反の類

   正音  女ナンヂ音汝の類

   近似音 丘音近〓の類

   四聲  鮮上聲スクナシ   悪平聲ナンゾの類

   如字  知如字   衣如字の類

説明し、さて左傳文十七年の鹿死スル二不v擇v音の音は蔭、又隠元年の荘公寐生の寐は〓にて倒子、僅十萬人は近十萬人の意となるものとして、

古字假借の法を如らぬ学者は常に字の形に拘泥し文字を讀みかねて遂には古人の爲損ひと云類あり、不届千萬。とにもかくにも學問の初心には字書の稽古第一なり。

と喝破して居る。

 漣窩の唱道によりて名乗反切の風が一朝にして止んだとは考へられぬが、韻鏡讀書に用だつものとは頗る信ぜられたやうで、此の後磨光韻鏡の出るまでは古義の天下で有った、但し其の間は僅に二十年。

 字彙巻末解二巻は享保十八年(二三九八)*1の著。字彙の末卷には韻法直圖、同横圖の二が收められ、直圖 は梅氏が新安(地名)で得たもので四十四圖を立て三十六字母を三十二とし(正歯音の五を減じて舌上音に一を増す)て字を配したもの(切韻指掌圖の變化と云はれる)、横圖は李世澤の作で平上去各二圖 入聲一圖より成り開口合口などによりて字を配り、四例を以て従來の等韻十三門を該ねたもので有る。通清のこの書は此の兩圖を頁の中央におき、その右、上、左に圖中の解し易からざる語句をのみ註したもので圖の結構などについては觸れて居らぬ。而して大字本小本のが是なるもので近來版行の頭書本並に四聲字彙?のは改削が加へられて用ふるに足らぬと云って居る。全部漢文。(この他は著者未見)



 古義の脈を引いたものでは左の十五を迹べる。

 意心齋?の韻學古誼傳? 古義韻鑑傳授截紙 韻鏡奥義切紙傳 韻學活用秘傳切紙 乗連の韻鏡翼

 永田直の改點韻鑑?(既出) 改點韻鏡傳授剪紙  田川周芳韻學口訣 韻鏡講述 韻學家最要篇


 古誼傳は寫本一巻、河氏傳授意心齋?編輯とありて第一張には左の印刷せられたものを貼って居る。

韻學古義傳 憑中庸仁人義宜之傳文質於和俗韻學之弊風俗令教導漢字反切之法而有資益天下讀書之兒耳

           河野齋通清謹言

 傳を受けたものが此の紙を拝領せるものなら、印刷して有るによりて其盛なるを知られる。本文七音三十六字母の定位、音和等の門法に始まりて九弄の作法、柳元亭?の撰んだ經緯全體自解の語(明和元と署して有るから享保十一年よりは卅九年の後)及び感賞韻鑑古誼辨等を收む。この元亭が意心斎なりや否や 未だ明らかならぬが貞徳四世貞左道統といふ印を用ひるは俳諧師でゞも有ったか。


 改點韻鏡傳授切紙は何人の手に成ったか分らぬ。元文二年(二二九七)の寫本だが首に改點韻鑑題辞を收め讀音注五種例など改點韻鑑の印行せられぬ前に轉寫されたものと思ふ。


 古義韻鑑傳授載紙といふも有る、口剪紙二十枚、奧剪紙十五枚、試問十枚より成り悉く反切の扱で試問といふは其の應用と見える。


 韻鏡奥義切紙傳は古道祖伯の傳ふる所。二十一紙に分れて七音定位、上竪下横々本堅末などの一題目を載せて有る。


 韻學活用秘傳切紙も同傳と思はれる。十三紙に分れて大學の莫知其苗之碩の朱注に碩叶時若反とあるから始まる。此の両種にては音例を經子に取りて其の説明とせる所いはゆる音注五種例の延長で有る。又前者の第十九紙にては「余こゝに於て磨光と古義との勝劣を見る」と有るを見ると磨光が出てから後も其の餘りに唐音を振り廻すモダーン振を快しとせぬものは漣窩讀書に親切なる傳授を信敬したので無からうか。

岡井慎吾『日本漢字学史』

http://books.google.co.jp/books?id=CeQ_Kh7Ig_cC

http://base1.nijl.ac.jp/iview/Frame.jsp?DB_ID=G0003917KTM&C_CODE=XSE1-10003

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2607395

*1:「二三九三」であろう

書籍からの画像で注記のないものは、著者の著作権が切れ、刊行後五十年以上経っているものである筈です。