音韻断

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音韻断

音韻断

三巻三冊。泰山蔚著。寛政十一年(1791)刊

諸本】「声音断」あるいは「声韻断」と題したものもあったか(岡井慎吾『日本漢字学史』亀田次郎韻鏡関係書目」など)。また、十一転の開合に触れるものがあるか。


解説】上中巻の『磨光韻鏡弁正』、下巻の『韻鏡非藤氏伝』からなり、文雄磨光韻鏡』と富森一斎韻鏡藤氏伝』を批判したものである。『磨光韻鏡』には、文雄の業績を認めつつ批判しているが、『韻鏡藤氏伝』に対する批判は厳しい(『韻鏡藤氏伝』は、改訂前のものによっている)。本居宣長の『字音仮字用格』を受けて、ヲオの錯置を訂した五十音図を載せるが、ヤ行のイエ、ワ行のウに別字を当てることも行っている(太田全斎漢呉音図』に先行する)。ハ行音の観察記事も注目されてきた。文雄の弟子筋の利法が、文雄の遺著『磨光韻鏡余論』を刊行する契機にもなったようで(利法の「例言」による)、『音韻断』の中では、『磨光韻鏡余論』が見られないことを残念がる記事がある。


著者泰山蔚。文豹、霧隠、鍾秀斎。巻末の「泰山霧隠先生著述韻書続刻目録」によれば、著者には、『百錬韻鏡』・『重修発音録』・『解経秘蔵駁』があったらしい。また、『数学小成』の泰山蔚平も同一人であろう。京都の人。亀田次郎『新潮日本文学大辞典』で「やすやましげる」の読みを採用しているが、文化十年版『平安人物志』の「韻」の部に載る大喜多蔚が、字文豹、号泰山であり、同一人であろう(泰山は姓ではなく、タイザンと読むものであろう)。大喜多蔚の名では『学林制法』の著がある。西本願寺の家臣であるという。文政五年版『平安人物志』では、後に「泰山」を名乗る大喜多巌が載るので、蔚はそれまでに亡くなったのであろう(あるいは隠居か)。

参考文献

亀田次郎音韻断」「蔚」(『新潮日本文学大辞典』

新村出「日本音韻研究史」『新村出全集』第一巻筑摩書房



音韻断 おんゐんだん 語学書 三巻

著者泰山蔚

【刊行】寛政十一年三月、細合方明の序(寛政十一年暮春)、太田象の序(同年春)、自序(同年三月)、猪飼信龍の跋(同年春)がある。

【内容】三巻のうち、上中二巻は「磨光韻鏡辨正」、下巻は「韻鏡非藤氏伝」であつて、蔚の説を門人淡海原照が筆写した事になつて居る。総論は照が記してゐる。それによると「磨光韻鏡」(別項)は、従前の韻鏡書中嶄然頭角を抜いて、頗る偉とすべきものであるが、尺璧の寸瑕とも云ふべき若干の誤りがある。近時出来た富森一斎の「韻鏡藤氏伝」は、「韻鏡易解」(四巻 釈盛典著)や、「磨光韻鏡」の研究以上に出るものなく、且つ誤謬が少くない。本書は門人の需によつて右の二書を批評したものである。但し「磨光韻鏡餘論」が著はされたと云ふ事は聞いてゐるが、未だ見て居ないと述べてゐる。さて本論に入つて、上巻は「磨光韻鏡」の本図?について、中巻は「磨光韻鏡」の韻鏡索隠及び翻切門法について、下巻は「韻鏡藤氏伝」の序、七音直拗図、凡例、附録、本図?について是非を論評して居る。

【価値】「磨光韻鏡」は徳川時代に於ける韻鏡研究の第一の書で、学界に貢献したること頗る大なるものがある。が「磨光韻鏡」が誤ったために、累を後世に及ぼしたものもないではない。例へば韻鏡第十一転は古くは開転であるのに、合転と誤つたために、「磨光韻鏡」の説に依つた「字音仮字用格」(別項)は、頗る説明に窮し、十一転を開合としたが、本書はこの誤を正して開転としてゐる。この他、開合四声七音字母等について是非を判じ、不備を補ひ誤を正して居るが、その所説には卓見が少くない。「韻鏡藤氏伝」に就ては、綿密に誤謬を指摘して訂正して居るが、就中ヲオの所属について、ア行ワ行と通ずるとする説は牽張附会であると云ひ、「字音仮字用格」の説を是なりと云つて、その証明をしてゐるのは注意すべきである。なほ「磨光韻鏡」の再版本は、本書の説に依て一部を訂正してゐる。以て本書の価値を知る事が出来る。これを要するに本書は「磨光韻鏡」と「漢呉音図」(別項)の中間に出で、その内容は批詳を主としたもので、韻鏡全般に渉ったものではないが、その学術的価値は「磨光韻鏡」や「漢呉音図」に較べて決して劣るものではなく、徳川時代韻鏡研究書の第一流に属するものである。         (亀田〕

http://blog.livedoor.jp/bunkengaku/archives/25798661.html

音韻断 三巻三冊

 内題は上卷及び中卷を「磨光韻鏡辨正」、下巻は「韻鏡非藤氏傳」と云ふ。泰山蔚の著で寛政十一年刊。磨光韻鏡及び韻鏡藤氏傳について是非を論評したもので、例へば磨光韻鏡述、韻鏡第十一轉が古くは開轉であるのに、誤って合轉としたのを訂正して開轉とした事、或は韻鏡藤氏傳がヲオの所屬について、ア行ワ行相通ずるとする説の不可なるを説いて「字音假字用格」の説を是なりとした事等は注意すべきで、その學術的價値は磨光韻鏡漢呉音圖に決して劣るものでない。

亀田次郎国語学書目解題」)

 聲音斷の見返しには磨光韻鏡辨正韻鏡非藤氏傳と二行に書せるのみで、聲音斷の名は其の序文中に有るのみだ。三卷より成りて寛政十一年(二四五九)の刊。卷上は磨光本圖の、卷中は索隱反切門法の辨正にあてゝ有る。泰山蔚字は文豹號は霧隱が門人の需に應じて二家の説を印〓したのを原照の録したもの。字母定局では喉音輕重を分たぬを難じ本圖では旁譯母《ソヘカナ》の誤れるを云ひ各轉に亘りて文字を改め又索隱の文を引きて其の當否を評し、文雄杭州音韻鏡に近いといふを不稽最甚と排して字彙の卷末にも「韻を讀む須らく漢音なるべし」とあれば杭州音とは同じからずと云つて居るが、此は杭州音とか漢音とかの名目に捉へられす音の實際によるべきで、杭州音即ち南方音が支那古書により近いは爭はれぬ事實だから私は文雄の見を妄ならぬと信する。又韻鏡第十一轉が古くは開轉だつたとて之に從うたは大功で、翌年に出た字音假字用格*1が未だ之を知らぬに比すると非常な卓見だ。

岡井慎吾『日本漢字学史』95



新村出「日本音韻研究史」『新村出全集』第一巻筑摩書房

亀田次郎「おを所屬辨についての一疑問」藝文 第弐拾年第七號*

岩淵悦太郎「近世における波行子音の変遷について」国語史論集

古田東朔音義派五十音図』『かなづかい』の採用と廃止」(『小學讀本便覧 第一巻』武蔵野書院 三七三~三九六頁)(一九七八)

岩波日本古典文学大辞典 福永静哉


http://ci.nii.ac.jp/ncid/BB0740614X 東大


*1字音仮字用格は、安永四年刊ゆえ、これは勘違い。ただ、寛政十一年刊記を持つ本もある。

書籍からの画像で注記のないものは、著者の著作権が切れ、刊行後五十年以上経っているものである筈です。