金城朝永「那覇方言概説」

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金城朝永「那覇方言概説」

金城朝永

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1126538

三省堂

1944

三省堂 國語叢書

金城朝永全集』


 1.本書の内容は,大体,数年前当時東京帝大および国学院大学在学中の篤志の学生数名の需めに応じ,約半歳にわたり講述した稿本を基にしたものである。ただ,単行本の形式はとっているものの,国語叢書の一冊として刊行される関係上,体裁すべて他の著書との釣り合いを考慮せねばならず,したがって,その記述は,かなり圧縮要約するの余儀なきに至ったために,説明の行き届かぬところが多く,自らも不満を抱いているが,また読者に対しても申し訳ないと思う。これら不備な点は,他日,若し改版の機会に恵まれることでもあれば,十分増補訂正して,できうるならば,もっと整った那覇方言文典に仕上げてみたいと望んでいる。

 1.琉球語表記法は,琉球古典おもろさうし」や「組踊」や琉歌などにおける特殊な歴史的仮名遣いは,,別として,表音式のものには・従来,ローマ字によるChamberlain氏のいわゆるヘボン式と,伊波先生によるその修正案や,宮良当壮氏の独特な音標文字の外に,東条操氏の平仮名片仮名混用の書式や,桑江良行氏の片仮名に加工した特殊な活字などが,用いられているが,本書においては,二三を除き,近年,方言採集家などの間で一般に採用されている日本音声学協会制定の音標文字を使うことにした。

 1.本書劈頭の序説の琉球語についての一文は,未発表の手稿「琉球語研究史」から抄録したもので,そのうち,日本語琉球語との分岐した年代推定に関する論説と,琉球語名称異名などについての考察を省略したので,物足りない感じがしてならぬ。これは,他日,琉球語概論とでもいう本が出せるときに,その中でもっと詳しく述べてみたいと思っている。

 1.付説の那覇方言研究資料文献は,拙稿「琉球語研究資料文献」(『方言』第4巻第10号琉球語特輯号所載,その増補『民芸』第2巻第11・12合併号沖縄言語問題特輯所載)から摘採して,多少加筆したものである。

 1.最初,註と索引を添える積りであったが,紙数の都合で,止むを得ず一切これを割愛せねばならなかった。その埋め合わせに,引用文献などについては,その都度,行文中これを括弧内に記入して註に代え,なお,索引不備の補ないにもと思い,目次を割合細かく書き抜いておいた。

 1.本書を草するにあたって,伊波普猷先生や服部四郎教授その他の国語学者の著書や論説に負う所が多かった。ただし,それらに見えている解釈と,見解を異にする点については,率直に私見を披瀝して,御批判を乞うことにした。ここで,改めて深く感謝の意を表わすと共に,もし行文中失礼にわたることでもあるとすれば,切に御許しをお願いしたい。


序文

 本書は琉球語の見本として,那覇方言を取り上げ,主としてその音韻,特に語法について,概説を試みたものである。

 琉球語は,大体,これを奄美沖縄・宮古・八重山の四つの方言に大別してよかろうと思うが,そのうちの沖縄方言は,島の北部の国頭郡,俗に山原《やんばる》と呼ぶ地方と,中南部の中頭・島尻両郡とでは,音韻の点で,かなりの相違があるので,さらにこれを二つに分けてみることができる。

 那覇方言は,これまで各種の文献などに琉球語の名で紹介されている首里方言と共に,方言区分の上からは,実は琉球語のうちの沖縄方言の,そのまた中南部方言に属する一方言に過ぎないが,その使用範囲と通用価値についてみると,本文の序説にも述べてある通り,普通一般の人が,現今の東京語に対して,それを国語標準語と考えている程度の大まかな見解を,適用させてもらえば,これは琉球語圏内における一種の標準語ともいうぺき地位を占めているともいえる。

 それで,かような意味でならば,これを以って,しばらく琉球語を代表させておいても,まずさしつかえはなかろう。多分この国語叢書の企画にあたり.琉球語の中から,特に那覇方言を選び出して,これに参加させた理由の一つも,あるいはこういう見地に立ってのことではあるまいかと推測している。

 琉球語については,その音韻に関しては,伊波普猷先生の外に服部四郎教授もまた,精緻な論考を発表されて,それぞれ国語学界に貢献なされている。また語彙の方では,既に明治中期に県人によって編まれた,最初の方言集として特筆すべき『沖縄語典』(仲本政世編)があり,大正末期には,未完成に終わってはいるけれども『採訪南島語彙』(宮良当壮編)の第一編が,それに次いで昭和初頭には,わが国において最大を誇るに足る『八重山語彙』が,やはり同じ著者によって紹介され,なおごく最近,『喜界島方言集』(岩倉市郎編)が,柳田国男先生監修全国方言集の第一巻として刊行され,その劈頭を飾っている。しかし語法に対しては,わが国の人によって組織的に論述された単行本は,遺憾ながらこれまで一冊も出ていない。

 ただ,半世紀以前に,英人Chamberlain氏によって書かれた首里方言文典(原名Essay in aid of a Grammar and Dictionary of the Luchuan Language)が,この方面における唯一の古典として専門家の間などでは珍重されているが,もう今ではその入手はほとんど困難になった。

 本書において,特に語法について,多くの頁を割いた主なる理由は,できうるならば,従来の琉球語研究の,この欠陥の一部なりとも埋め合わせてみたいと思ったからであった。


 いうまでもなく,方言書として,理想を望むならば,本書なども,音韻語法と共に・当然それに語彙を添えるべきで,これがまた,方言書としては,確かに本格的な行き方でもある。もっとも,これまでの大抵の方言書の型に倣うとすれば,那覇方言もむしろ語彙を先に発表すべきであろう。また多くの既刊書についてみると,大方,語彙を主体として,音韻語法などに至っては,申し訳に添え物程度に取り扱っているのが,かえって普通であったといっても,決して過言ではあるまい。

 それでも,本土諸方言に関する限りでは,あるいは十分とまではいくまいが,とにかく,一部の人の需要に対しては,大体の用は足りているかも知れぬ。しかし琉球方言の場合は,これとはよほど事情の異なるものがある。


 琉球語国語との関係については,これを言葉歴史の上から観ると,最初,共同の祖語とでも称すべきものがあって,それから文献以前の遠い昔に分かれたものであろうといわれているが,その以後において,お互いに幾多の変遷を経て来ていることだけは確かである。

 それで;両者の親近の度合についても,姉妹語同士の疎遠な間柄にあたるものであるととなえる学者もいる。しかし,これに関しては序説にも述べてある通りの理由から,もっと親密に,国語方言と見做してもよいと思う。ただし,方言であるとはいってもこれは九州四国・本州の各地方に行われている本土諸方言を一纒めにした,いわゆる「内地方言」と相対立せしむべき大方言といわねばならぬ。

 したがって,「琉球方言」と「内地方言」を比較した場合,両者の差異の開きが,本土諸方言同士の間におけるそれよりも,もっと大なるものがあったとしたところが,これは何等珍しい現象ではない。

 それで,現在,琉球方言単語を発音通りのままの形で書き集めたものを,いきなり示しただけで,これを見る人に本土諸方言との間における音韻対応関係についての説明をあたえないとしたならば,これを了解せしめることは,なかなかむずかしい。

 もちろん,方言研究の順序は,最初に単語の採集から着手せねばならず,次に語法などに進むのが当然な道行きではあるが,その発表の順序までが,必ずしもこれに従う必要などは,さらになく,これとは全く逆な方法で,音韻語法を先にしてもよいし,むしろこれらを手抜きにして,いきなり方言集だけをつきつけるのは,琉球方言に関する限り,かえって親切な態度ではないとさえ思っている。

 これが,また本格的な方言書としては,不完全であるとは知りつつも,あえて本書のごとく,那覇方言音韻語法に関するものをその語彙と切り離して,単独に出した理由の一つでもあった。


 琉球語の行われている南の島々の交通は,平時においても船便の利が少なくて,その行き通いは,また決して楽なものでもなかったが,ましてや現在の戦時下においては,もはや,中央からわざわざこのとびとびの離れ島への採訪に出かけることは,ほとんど不可能に近い位に,困難の度を加えている。

 それで,国語を二分した,その片方にも当たる程の重要な地位を占める琉球方言の研究は,今では,これらの島々の出身者に負わされた,国語学界に対する一種の義務ではあるまいかと考えられてならない。

 南の島々の出身者にして,この小冊子を手に入れた知識人の中には,きっとこの程度のものなら自分でも書けるという人が,必ずやあるに違いなかろうと思う。今頃になって,ようやく,この程度の小さな本をたった一冊しか書き上げていない位の自分などが,これまでの琉球語研究の不備な点を,責めたてる資格などは毛頭あろうはずはないが,まだ取り残された島々の方言集文典が早目に同好の士の手によって,次々に採集編纂されるのを勧めることは許されてもよかろう。

 これを土台にした琉球方言の大辞書と総合文典の外に,なおまた,山田孝雄博士の『奈良朝文法史』や『平安朝文法史』にも対比せしめてよいような琉球語歴史文典などが,出揃った時にして初めて,安心して琉球語国語とを比べ合わせてみることも出来るし,またわれひと共になるほどと頷かせるに足る研究の成果も持ち得るのではあるまいかと思っている。

 かように,まだ未開拓の分野が,広々と横たわっている,この琉球方言の沃地に,来たり耕す者の一人でも多く,その努力により実り多い収穫を,相共に頒ち合う日の近からんことを心待ちしているのは,ただに一部の方言研究家や民俗学徒のみには止まらず,国語学者もまた等しく,これを望んでいる。

書籍からの画像で注記のないものは、著作権法上の「引用」の範囲内であるか、著者の著作権が切れて刊行後五十年以上経っているものである筈です。