遊子方言

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遊子方言

田舎老人多田爺

遊子方言 洒落本 一册

作者田舎老人多田爺

【名稱】「楊子方言」のもぢり。遊子は旅人の義ではなく遊客の意。

【刊行】明和初年。朝倉無聲は「中古風俗志?附録」及び「虚實馬鹿語?」に依って明和七年と断じてゐる。

【諸本】徳川文藝類聚第五・洒落本代表作集?(近代日本文學大系)・洒落本大系第一卷所牧。

【題材】書中、河東或は河東さんと散見するのは、當時人氣のあった河東節の家元、四代十寸見河東(菓子屋宇兵衛?)である。

梗概】小春の頃、柳橋で通人ぶった三十男、二十ばかりの息子風の男と出逢つた。息子は本所の伯父の見舞に行くと云ふのを、強ひて正燈寺の紅葉見に誘ひ、そこより船に乗る。その男は息子に見えを張って盛んに通を振り廻すけれど、直ぐ化けの皮がはがれて行く。漸く山谷堀から上って茶屋に行き、馴染らしい顔つきをするが、先方からは一向相手にされない。折柄馴染客平も來り、皆々若い者の案内で妓樓に出かける。通り者は一向厚遇されず、彼に野暮と笑はれた息子は、部屋持の遊女と面白く遊ぶ様子。通り者はこれを見て面白からず、歸リをいそぐ。隣座敷には平の馴染の遊女が漸く來り、いろ/\語るうち、夜はいつか白んで明けの鐘がなる。

【構想】通を衒ふ客がふられ、おとなしい嫌味のない客がもてると云ふ類型的の洒落本の構想であるが、場面々々の描寫が簡にして要を得、如何にも江戸つ子らしい作品である。

【史的地位】無聲は明和七年刊と断じてゐるが、同年刊「辰巳之園」(別項)もやゝこれと構想が似て筆致の複雑な點から見て、この書の方が早い刊行ではないかと思はれる。兎に角この書は洒落本としての評判が最も高く、これを以て江戸洒落本の祖の如く江戸時代から言はれたのである。勿論これより前に「跖婦人傳?」「異素六帖」(別項)もあるが、共に脚色に乏しく小説より狂文に近い。從って本書が江戸時代に於ける本格的寫實的洒落本の祖と云ふ説は今日に於ても肯定してよからう。  〔山崎〕

http://blog.livedoor.jp/bunkengaku/archives/51595679.html

岩波日本古典文学大辞典 中野三敏


日本古典文学全集47洒落本滑稽本人情本

鑑賞日本古典文学34洒落本黄表紙滑稽本(中村幸彦による本文鑑賞)→中村幸彦著述集8

勉誠社文庫に影印(東京教育大学本・中田祝夫)


本文

http://www.let.osaka-u.ac.jp/~okajima/uwazura/meityosyare/syarebon05.pdf

http://www.wul.waseda.ac.jp/kotenseki/html/he13/he13_03633_0004/index.html

内田保廣氏によるテキスト

http://kokugosi.g.hatena.ne.jp/kuzan/19930819

書籍からの画像で注記のないものは、著作権法上の「引用」の範囲内であるか、著者の著作権が切れて刊行後五十年以上経っているものである筈です。