語意考

国語史・日本語史周辺(日本文学・日本史・言語学などなど)の覚書です。
最善の説を記録しているものではありません。変な説も記録しています。
書誌として不完全です。
項目の形に規準はほとんどありません*
「検索」ボタンを活用して下さい。 岡島昭浩がやっております。 一部、JSPSの15H01883,18520354などの恩恵を受けております。

語意考

賀茂真淵

ごいかう  語意考一卷

  加茂眞淵?撰   本居宣長序、明和六年二月自序、寛政元年夏刊、京郡、菱屋孫兵衞發行

この書は、荷田家の古傳に基きて、五十音によりて發音のこと、語の外形變遷のこと、語尾の變化等のことなどをのべたるなり。

語意考目録

總論

五十聯音圖

阿伊宇延袁は、同行と和行とは、いさゝか通はしいふ言あれど、加行より下の八行に通ふことなし

伊伊【也行】爲 延延【也行】惠 袁於の別の事

阿と於は、言の下にいふことなし

言の始めを濁るこざなし

横韻の事、五十音初、體、用、令、助の五ッに分ちしるしたる事〔動詞の變化の事〕

約言

延言

畧言

轉回通〔この條に十ニケ月の月の名の解釋あり〕

清濁を通はしいふ例

自序にいはく、

山代の稻荷のはふりが家に傳へし、百たらすいつらのこゑのあと、いさゝか有をとりて、荷田東麿のうし、ちよろづの古言をかがなへる〔考〕によりて、世人のいまだこゝろ得ざりしことを得て、こととふ人に傳へしを、おのれいさゝけばかり聞つ、こをたぎし〔舵〕として、終にいよゝしほの八百道行まどはざらむことを加へんとす

按するに、此書の説、一時大に世に用ゐられ、其影響最大なりき、平田氏の五十音義訣の如きも、實に此書にもとづきたるものなり、されど五十音辨誤にいはく、

師のしるされたる語意といへる書は、其身まかれなむときに、かつ/\しるしおかれつるにて、猶考改めらるべきを、さることもなきまゝなれば、おもひあやまられし事も多かり、こは世に廣むべきものならず云々

五十音辨誤は、この書の説を補ひ正したるものなり、其他通略延約辨皇國言靈等と共にあはせ見るべし、

http://www.let.osaka-u.ac.jp/~okajima/uwazura/syomokukaidai/ka/kaidai_ka090.html

語意考 語學書 一巻

著者賀茂真淵 

【名稱】本書は「語意」といふ名稱で、草稿のまゝ傳はってゐたのを、後に整理を加へて「語意考」と名づけ刊行したやうである。

【刊行】寛政元年夏。本居宣長の序、眞淵明和六年二月の自序(跋の如く、卷末に附した本もある)がある。

諸本賀茂眞淵全集巻二・増補賀茂眞淵仝集巻四所収。

【内容】御見稲荷山の祠官荷田東麻呂(春満)の家にある古傳に依つて、東麻呂が古言を脱いたのを眞淵は聴講したが、これを基にして日本古語を説いたものである。初めに、日本五十音で凡て事足つてゐるが、支那は頗る多くの字を用ひる。その點、日本より劣つてゐる。印度は五十ばかりの字を用ひてゐるが、これを組合せると頗る多くなる。日本は僅かに清音五十、濁音二十で如何なる言葉をも表はし得る。この五十音は天地自然の音である。印度から習ったものだと云ふ人があるが、頗る烏滸なことである。日本には神代から言葉があり、その言葉五十音に外ならぬ。そして神代以来の言葉の音は五十音に當てると、横に五つの區別がある。「一つはことはじむるこゑ(初)、二つはことうごかぬこゑ(體)、三つはこと動くこゑ(用)、四つはことおふするこゑ(令)、五つはことたすくるこゑ(助)」この五つの區別を理解すると、国語を明かにすることが出来ると云ひ、次に支那は音を主とし日本は言を主とする,故に国語を解くのに、漢字音上聲去聲等に留意する必要はないと云ひ、次に日本の国内では畿内の音が正しい。尤も音は重要視するにも及ばないけれど、やはり正しい方がいゝ。古書でも京都で出来たものは音が正しいから研究しなければならぬと云ひ、次に、或る人が日本言葉の国であるから、言葉のみで文字の無かつた時代を尊ぶのは一面道理であるが、然し外國から文字が傳はらなかつたら、古の事を後世に傅へる事が出来なかつたであらうと云つたのに対して、文字の無い時代には心は素直で、言葉も少いから文字が無くても何等不便を感じない。然るに文字が傳はってから、心は不正になり言葉は多くなつた。外國と交はつて賓に大きな損をしたと述べてゐる。次に五十音圖を書いて、その五段に初體用令助の別ある事を書き、次に約言通韻延言約言・略言・清濁・相通等の事を記してゐる。

【價慎・影響】本書、初めの方の五十音尊敬五十音圖は外國の影響を受けたものでないと云ふ説などは、後の國學者に頗る大きな影響を與へたもので、平田篤胤(別項)の如きは身命を賭してこの説を主張したのであった。本書が国語學史上から見て最も注意すべき點は、活用五十音圖に依つて説いたことである。尤もこの説は、五十音圖を各行に亙つて初體用令助と五段に同一に活用すると考へたので、頗る幼稚なものである。且つ本書の刊行より二十七年以前に、谷川士清(別項)は「日本書紀通證」三十五巻(寶暦十二年刊)の附録の中に、五十音圖に依つて活用説明してをり、その説は眞淵よりも進んでゐる。然しその後の國語學界は、本居宣長の一派が獨占したために、眞淵のこの考は本居派活用研究の源泉になったのである。次に延言約言・略言の説は、爾後大に行はれたが、ために牽強附會の説を生じたことも少くない。要するに、本書は眞淵の書であるが故に、大に世に行はれ、學界を裨益した訪も少くないが、説の不完全な點から學界を毒したことも亦少くない。

【附記】「五十音辨誤」一巻(寫、村田春海著、寛政五年三月成)は、「語意考」の誤りを訂したもので、「五十音になづむまじき事」「五十音は神代よりありしものならぬ事」「をおえゑの所属の辨」などと章を分けて書いてゐる。又平田篤胤の「古史本辭経」(別項)は、「語意考」の説を継承したもので誤謬が多い。なほ「語意考」の一部分についての説は諸書に散見する。〔亀田〕

http://blog.livedoor.jp/bunkengaku/archives/50351301.html

語意考 一巻一冊

 賀茂真淵著。寛政元年刊。賀茂眞淵全集所収。支那印度の音に比して我國古有の五十音は遥に優れたものであって日本はこれ等外國と交る事によって實に大なる損を受けた事を述べ、次に活用五十音圖に依って説き、又通言・通韻延言約言・略言・清濁・相通等の事を記してゐるが、初めの五十音尊敬五十音圖は外國の影響を受けたものではないと云ふ説の如き、全く學的價値のないものであるが、之が後年「古史本辭經」に於けるが如く平田篤胤等一派に及ぼした影響は大きい。活用五十音圖で説いた事は國語學上見る可き點で、本居派活用研究の源となったものであるが、これとても谷川士清が已に「日本書紀通證寶暦十二年刊の附録に於て述べてゐる。延言約言・略言の説も爾後大に行はれたが、本書が世に行はれた所以は、その内的價値に依ると云ふより、むしろその後の學界が眞淵の流を汲む本居派に獨占されたからであらう。隨ってその説が博く學界を稗益した點もあるが、その不完全な説の爲に學界を毒した點も少くない。 

【參考】

* 「五十音辨誤」寫本一巻。寛政五年村田春海著。本書は「語意考」の誤を正したものである。

亀田次郎国語学書目解題」)

ごいかう

   語意考   一巻  賀茂眞淵

 國語意味説明したる書にして、五十音の横音初體用令助の五を分ち、延言約言略言或は轉じ廻らし通ふ言葉、十二月の和訓の意、清濁を通はしいふ例などの事を述べたり。本居宣長の序、及ぴ明和六年己丑〔二四二九〕二月の自序あり。寛政元年己酉〔二四四九〕刊行す。

 ◎賀茂眞淵の傳記は『冠辭考』の下に出づ。

http://www.let.osaka-u.ac.jp/~okajima/uwazura/kokusyokaidai/k5/kokusyo_ko001.html

国語学辞典 なし

岩波日本古典文学大辞典 工藤力男

国語学研究事典日本語学研究事典 佐藤武義

国語学大辞典 語意 白石大二



本文

真淵全集

http://kindai.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/992919/447

校本賀茂真淵全集思想篇下

国語学大系

岩波文庫

日本古典全集賀茂真淵

http://base1.nijl.ac.jp/iview/Frame.jsp?DB_ID=G0003917KTM&C_CODE=MA4-011-000-000-001&IMG_NO=2


服部高保

http://www.let.osaka-u.ac.jp/~okajima/uwazura/syomokukaidai/ka/kaidai_ka092.html

東大国語自筆稿本

書籍からの画像で注記のないものは、著作権法上の「引用」の範囲内であるか、著者の著作権が切れて刊行後五十年以上経っているものである筈です。