言靈妙用論

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言靈妙用論

堀秀成

ことだまめうようろん

   言靈妙用論 二巻 堀秀成

 國語の性質、沿革、音韻言靈の事を考説したるもの。其の総目を擧ぐれぱ、古へ言語正しかりし事、皇國言の諸夷の語言に甚く勝れたる事、文には漢語を用ひかく頃と成りても口語には猶語を宗とせし事、古語の學問世に開けたる事、古語の學盛なる勢に從ひて遂に音義學興りたる事、聲音の出づる本源の事、物に觸れて感じ心有聲の中に含み舌に觸れて諸音をなす事、聲音に象と意とありて萬物萬事をうつして言語となる事、有音は諸音のはじめなる事、横韻位置の事、三十六音分生の事等なり。慶應二年丙寅〔二五二六〕の自序あり。明沿十年出版にかゝる。

 ◎堀秀成は藤原氏なり、下線國古河の藩にて通稱八左衛門、後に内記と改む。琴舎と號せり。富樫廣蔭の門人にして和學を研究し、制度音韻の事に通せり。著書には磯山千鳥、日本語學階梯日本語格全圖語學問答音圖略説、類語或問蘿鬘假字本義考、樹集、類語索例音圖大全音義本末考、語法本義論、三集類言、語學階級、語絡圖彙、及ぴ本書言霊妙用論等あり。明治に至り、宣教少博士となり、伊勢神宮、讃岐金刀比羅社教會等に聘せられて學を講せり。同二十年丙戌〔二五四六〕十月三日、七十にて讃岐高松に歿せり。

http://www.let.osaka-u.ac.jp/~okajima/uwazura/kokusyokaidai/k5/kokusyo_ko087.html

言霊妙用論 語學書 二卷二冊

著者堀秀成

成立・刊行】慶應二年十二月稿成る。明治十年四月の自序があり、同年三月刊。

【概説】音義説の由来、及びその概要を書いたものである。先づ我が國は古は言霊のさきはふ國と稱せられた事、仮名遣の正しかつた事を記し、次に外國の語は侏離鴃舌で鳥獣萬物の聲に近い。例へば、剜・彎・椀は犬の聲に近く、彬・賓・濱は馬の聲に近く、坂・伴は板を打つ聲の如く不正不純で、我が國語とは比較にならぬほど劣つてゐるを云ひ、次に中昔漢語を多く用ひる頃になつても、なほ重要な文書國語で記してゐたが、漸次國語は廢れた。而して元祿の頃契沖が出て、古語の學が開け、次いで東麿・眞淵宣長篤胤等が出て、古語古格が明かになつた。而して學界の大勢は、古語の學から音義の學に進んだ。音義學の鼻祖は「雅言音聲考」(「雅語音聲考」の誤り)の著者鈴木朖(別項)である。第二代は富樫寛蔭、第三代は自分である。自分の時に至つて、父母の音には一音五義、子音三十六には各々三義ある事を明かにし得た。而してこの學問は今後益々研究せねぱならぬものである(以上上巻)。次に人は母の胎内にある時、産霊神から聲音の種を陽はるものである。人は生れて後、見るもの聞くものにつけて心に感じ、それに從つて即ち音義の原則に依つて言語は生ずる。次に從來阿の音を諸音の源と云つてゐたが、有の音が根源である事、ウクスツヌフムユルウの開合の事、子音三十六音の分生の次第等を述べてゐる。音義説の概要を知るためには便利なものである。  〔龜田〕

http://blog.livedoor.jp/bunkengaku/archives/50351404.html

http://www.let.osaka-u.ac.jp/~okajima/uwazura/syomokukaidai/ka/kaidai_ka130.html

言霊妙用論 二巻二冊

 慶應二年堀秀成著。明治十年刊。元祿の頃契沖出でゝ古學復興を唱へて以來、古語の學啓け、諸學者輩出して古語古格は明かになったが、學界の大勢は次第に音義の學に進み、「雅語音聲考」の著者鈴木朖はその鼻祖であると云って音義説の由來を述べ、更に音義説の概要を記してゐる。特に注目すべき程の説はないが、その音義説概要は簡單平易に記して居るので便利である。

亀田次郎国語学書目解題」)

近代デジタルライブラリー

書籍からの画像で注記のないものは、著作権法上の「引用」の範囲内であるか、著者の著作権が切れて刊行後五十年以上経っているものである筈です。