藤倉明『ことばの写真をとれ』

国語史・日本語史周辺(日本文学・日本史・言語学などなど)の覚書です。
最善の説を記録しているものではありません。変な説も記録しています。
書誌として不完全です。
項目の形に規準はほとんどありません*
「検索」ボタンを活用して下さい。 岡島昭浩がやっております。 一部、JSPSの15H01883,18520354などの恩恵を受けております。

藤倉明『ことばの写真をとれ』

藤倉明

ことばの写真をとれ』

昭和57年10月28日

さきたま出版

   若林玵蔵

第一部 

 江戸

  銓太郎の旅立ち

  武州加須村の陣屋

  旗本出身の母喜舞

 宮原漢学

  条件付き入門許可

  買い出しに苦労

  惣兵衛の長州出陣

  幸左衛門の愛情

  彰義隊戦争を見聞

  女流画家奥原晴湖

 フランス留学の夢

  横浜仏語を学ぶ

  バタ先生中江兆民

  谷村通弁の詭計

  横浜遊学を打切る

 大学南校入学

  英変則課の初等生

  英語から独語

 帰郷

  惣兵衛の本家相続

  郵便局の手伝い

  新聞で知識を吸収

 郷里での日々

  教育係の惣兵衛

  時代に合った改名 

 体内に美玉を蔵す

  区役所書記として

  幸左衛門の死去

  光明寺の累代之墓

 松戸から横浜

  東葛飾郡役所の雇

  恵まれた役人生活

  母喜舞の突然の死

  木間瀬郡長の好意

  横浜裁判所の雇

  出直しはかり辞職

 千葉県会書記

 統計調査に従事

  県会通常会の書記

  議事筆記の秘訣

  筆記法に疑問抱く

  議事録作成の反省

 傍聴筆記法との出会い

  酒井昇造を知る

  田鎖の創案宣言

  孤独な符号研究

  国語符号化成功

  第一回講習会開く

  卒業はしたものの

  苦悩の中での結婚

 日本で最初の実用化

  初めての筆記依頼

  実地応用の好機

  郵便報知に掲載

  筆記に賭ける蛮勇


第二部

 ことばの写真をとれ

  研究会つくり練磨

  独自の工夫と改良

  ついに曙光さす

  嘲罵に耐えた林

  三人ともゴールへ

 『経国美談』の口述筆記

  矢野龍渓の依頼

  玵蔵の筆記宣伝

  速記法という名称

 埼玉県会の議事録作製

  初めての弟子入門

  埼玉県会から依頼

  議長が答礼演説

  議事録文語体

  傍聴筆記法の目的

 『怪談牡丹燈籠』の速記

  東京稗史の企画

  人形町末広で速記

  十三篇に分け刊行

  坪内逍遙序文

  酒井昇造の回顧

  玵蔵の遠大な目的

  言文一致の第一歩

 『塩原多助一代記』の刊行

  速記本の第二弾

  円朝から注文つく

  売行き十二万部

  円朝物五篇を速記

  講談速記の流行

 言文一致に与えた影響

  言文一致体の見本

  二葉亭四迷の懺悔

  速記法国語改良

  林の主張と提唱

 清水卯三郎とのこと

  かな文字普及運動

  わかばやしを意識

  名家談叢と卯三郎

 速記の普及をめざして

  門下生養成に努力

  地方議会へ進出

  国からの初依頼

  伊藤が元老院へ

 墓参・新しい出発

  久し振りの帰郷

  母の墓碑を建立

  法律取調委員会へ

  当時の速記者養成

  玵蔵の門下教授法

  官と民による養成

 帝国議会に向けて

  八百松楼での企画

  矢野文雄の賞讃

  議会制度の調査団

  金子堅太郎の考え

  曾禰荒助の質問

  井上毅との問答

  採否の結論のびる

 「速記雑誌」の発刊と主張

  速記発表七周年

  「談話会」が発足

  「速記雑誌」発刊

  創刊号の巻頭論文

  速記採用の情報

  「研究会」の改革

  速記応需の体制

 速記採用までの長い日

  金子の採用試験

  第二回目の試験

  速記採用の報道

  林茂淳の議員歴訪

  速記ではわからぬ

 速記陣の体制ととのう

  両院に速記課誕生

  公募試験の実施

  三回に及んだ試験

  合格者が決まる

  若門過半数を制す

  マリノニ輪転機


第三部

 第一回帝国議会開く

    歴史的発言を記録

  初日の議事荒れる

  不記載発言が問題

  速記に法的根拠が

  金清楼で祝宴開く

  発言議員取り違え

  速記原稿校閲

 金子書記官長の謝辞

  二つの愉快な事

  速記録のもつ意義

  身分問題が後引く

  第一議会の反省会

 議会速記の進展

  試験採用是か非か

  衆議院の独自性

  若い速記者の進出

  速記需要が急増

 速記懇話会と「日本速記雑誌

  親密なる談話

  「速記雑誌」停刊

  一粒の麦死せずば

 玵蔵と林茂淳

  氷炭相容れざる仲

  『速記術』の刊行

  吉原課長の異動

  万国大会へ報告

  実務家寄りの表現

  異議唱えた二論文

  小林シツと結婚

 危機

  速記者組合の結成

  一票差による解散

  広島議会の開会

  議案スピード可決

 「名家談叢」の出版

  当時の速記者生活

  談叢社から発行

  玵蔵編の「村田銃」

  青蛙房主人の弁

  橋本雅邦勝海舟

  二つの廃刊理由

 新しい発展

  技手制度の実施

  新聞社電話速記

  新聞講談掲載

 円朝、父、門下生の死

  恩人円朝の訃報

  三十六年の賞与

  蔵相答弁脱漏騒ぎ

  寡黙な父の他界

  松川福三郎の死

 不景気の深刻化

  日本速記会の結成

  不景気さらに深刻

  四十年代の給料

  定員減と林の辞職

 休職そして辞職

  休職の辞令下る

  桂内閣陰謀の噂

  病気で依願免職

  林田書記官長の辞

  速記界からの引退

 『若翁自伝』と「円朝伝」

  若門会と古稀の宴

  貴重な速記者自伝

  家庭生活の一面

  サンデー毎日連載

 速記の普及と録音機の出現

  矢野と佃の死去

  五十周年の表彰

  速記者数の急増

 巨木倒れる

  傘寿の祝いの歌

  浅草観音へ初詣

  病魔に襲われる

  師の後を追い逝く

主な参考資料

若林玵蔵略年譜

あとがき

書籍からの画像で注記のないものは、著者の著作権が切れ、刊行後五十年以上経っているものである筈です。