磨光韻鏡

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磨光韻鏡

http://www.let.osaka-u.ac.jp/~okajima/uwazura/kokusyokaidai/m1/kokusyo_ma005.html

磨光韻鏡 語學書二卷二冊

【箸者】文雄

【刊行】延享四年八月刊。天明七年五月再刻。太宰純の序、延享元年六日。法慧元聰の跋、延享四年八月。

【内容】韻鏡(別項)の研究で、圖を校定し、漢呉音反切を加へ、且つ韻鏡著者の新見解を以て解説したものである。上卷は凡て圖説で、初めに四十三轉輕重字母定局の圖、次に内轉第一合から内轉四十三合までの圖を出してゐる。下卷は「韻鏡索隱」と「飜切法門」.即ち韻鏡の使用法を説いてゐる。

【價値】本書は韻鏡研究史上第一に舉げるべき名著である。韻鏡後奈良天皇享祿年間に開版せられて以爽漸次研究せられて來たのであるが、當時に於ては韻鏡を專ら反切のために用ひてゐた。文雄はその誤りである事を論じ、韻鏡は音譜であつて、反切のために作つたものでない事を明かにした。次に文雄以前の學者で字母解釋を試みた人もあるが、何れも日本音に依つた爲めに頗る不完全であつた。文雄唐音を研究して字母解釋した。即ち唇音舌音齒音輕重の別を明かにし、曉母匣母の別を明かにした。かくの如きは從來の學者の企及し得なかつた所である。又開口音合口音の區別を説明した事は、若干の誤りはあるが、文雄が初めて説いた事で一大創見である。なほ漢音呉音唐音假名で示し、廣韻に依つて字子に反切を添へた事も、音韻研究史上の大きな進歩である。

【備考】「磨光韻鏡」には後編及び餘論がある。韻鏡をあらゆる方面から論じ、解説したもので、必ず併せ見ねばならぬものである。共に著者の歿後遺稿を刊行したものである。後編は

「指要録」一册(丹山文龍の序は明和九年、安永二年刊。内容に韻鏡大旨、非反切圖、撰者時世、内轉外轉、一十六攝、五音七音.清濁次音.唇音軽重.三十六母.二百六韻.韻鏡用法等の二十九項について記してゐる)。

「本圖」一册(安永九年刊。内容は正字韻鏡、卷末に文龍の無相上人略傳を添ふ)。

「字庫」二册(源義張の跋は安永三年安永九年刊)。

飜切伐柯篇」一册(安永二年二月刊。内容は反切總論.反切要訣.三折一律.反切字義.七音圖説.字母反切.切母類聚.韻字正音の八項に分けて説いてゐる)。

「餘論」上中下三卷三册(香月院深勵の序は享和三年皆川愿の序。文化四年刊)は「磨光韻鏡」の講義で、初めに韻鏡の歴史を説き、次に「磨光韻鏡」について(一)序.(二)跋、(三)緒言、(四)本圖、(五)索隱、(六)門法の六章に分けて説いてゐる。なほ文雄音韻に關する研究は、「三音正譌」「和字大觀抄」(別項)「經史莊嶽音」「字彙荘嶽音」等に見えてゐる。併せ見るべきである。

【參考】 韻鏡研究史上に於ける文雄の位置 滿田新造國學院雜誌二八ノ一二)

文雄の韻鏡南方音説を評す 同上(同二九ノ四)   〔龜田〕

http://blog.livedoor.jp/bunkengaku/archives/26003649.html

磨光韻鏡 二巻二冊

 僧文雄の著。延亨四年八月刊。天明七年再刻。上巻は四十三轉軽重字母完局の圖説、内轉第一合から四十三合までの圖説、下巻は韻鏡使用法説明である。本書は韻鏡研究史上第一の名著で(一)韻鏡は音譜で反切の爲作ったものでない事。(二〕唐音研究から唇音舌音齒音軽重の別を明にし、曉母匣母の別を明にした事、(三)開口音合口音の區別の説明を試みた事等その創見によるものが非常に多い。後安政年間三浦道齋校正して出版したのがある。尚本書には「後篇」及び「餘論」がある。「餘論」は著者の歿後に刊行した。その他文雄音韻に踊する研究は「三音正譌」「和字大観抄」「字彙莊嶽音」「経史莊嶽音」等に見える。併せ見るべきである。

【參考】

* 韻鏡研究史上に於ける文雄の位置満田新造。「國學院雜誌」二八ノ十二。

* 文雄の韻鏡南方音説を評す満田新造。「國學院雜誌」二九ノ四。

亀田次郎国語学書目解題」)

岩波日本古典文学大辞典 福永静哉

書籍からの画像で注記のないものは、著者の著作権が切れ、刊行後五十年以上経っているものである筈です。