田舎芝居

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田舎芝居

田舎芝居 洒落本滑稽本

作者】萬象亭?(森羅萬象)

【刊行】初め洒落本(一冊)として天明七年、後、中形本(四冊)として享和元年再版した。

【題材】洒落本としては、特殊な田舎芝居の描寫で、越後地方の訛を用ひてあるのは、大田蜀山の「變通輕井茶話」(別項)の信濃方言の描寫に暗示を得たものであらう。後半が臺帳その佻になって居るのは、烏亭焉馬の「蚊不食呪咀曾我?」(別項)に前例がある。序の中にほめ言葉挿入してあるのも、江戸歌舞伎を眞似たのである。

梗概】越後大沼郡南鐙坂村で縮市み賑しき折を利用し、豊年踊曾我田植と云ふ芝居が興行される事となつた。村の若い者、勘太・與五七などとり/゛\に噂し合ふ。村の娘おさじと茂作と懸仲になって居る噂も出で、與五七大に憤慨する。さて芝居小屋の前では、木戸銭を尋ねて居る者がある、一番桟敷八百、二番七百、三番六百、並桟敷五百、土桟敷(切落し)が百文、見物の中から高いから負けろと云ふ者がある。中には札銭の代りに引割麦二升持参して頼む嚊もある。場内では席順爭ひをやる人もありやかましき折柄、役者色子へ贈り物の被露をする。小泉村のお嚊様方よりぼた餅一じき、手作りの〓徳利の類。桟敷では村の代官、隣桟敷の寺の和尚と芝居の咄をして居る。小便所の隅では噂されたおさじ茂作が何か口舌を始める。窺ひ寄つた與五七、おさじの尻をつねる拍子にはね飛ばされ、小便桶へ落ちる。やがて切狂言田植曾我の場面となる。臺詞の中に方言が入って居る。皆見得を切ってならぶ。工藤「先づ今日は是切りでござりまふす」

【構想】素朴で野趣に満ちた地方の芝居の可笑味を寫したのである。中にある芝居の術語などは到底賓際を知らなくては描けまいと思へる。この作者は前作「眞女意題」で奥州武士の方言を描き、本書では趙後の方言を寫した。恐らくこの地方に旅行した經驗があるのであらう。田舎の男女の密會が僅に點出されて居るだけで、本格の洒落本ではない。作者もこの點に氣付いて居リ、洒落本にあらず野暮本なりと云って居る。唯本の體裁が全く洒落本になって居るので、依然洒落本の一種と見倣される。

【價値】本書の序に「正の物を正で御目にかけずして而も正の物の如く見するを上手の藝と云ふべし、戯作も亦然り」云々とある。「物之本作者部類」に京傳この序を見て、自分の事を言って居るのだと思ひ、作者萬象亭と絶交したと記してある。この序は無名子とあるが、萬象亭自身と推定されるし、然も可なり長い序で、京傳洒落本の寫實的暴露的なのを暗に批難して居る。これは在来の洒落本創作的態度を飽く迄よしとして固守する萬象亭と、新しい寫實的洒落本創作し始めた京傳との衝突が、本書に依って發表されたのである。即ち本書の序に依つて、洒落本内容の推移が明かに映じ出されて居る。また、滑稽本としては初期のもので、一九等への影響を考へると相當の價値がある。         〔山崎〕

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岩波日本古典文学大辞典 水野稔

書籍からの画像で注記のないものは、著作権法上の「引用」の範囲内であるか、著者の著作権が切れて刊行後五十年以上経っているものである筈です。