漢語

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漢語

漢語 國語學

解説漢語は古くは廣く支那語意味したが、今は、漢字音(字音参照)より成る單語をいふ。漢字音漢字よみ方としての支那語である故、日本に於ける漢語は、概して支那語から入つた外來語といふ事が出來るけれども、支那に用ひる語をそめまゝ用ひるばかりでなく、日本で作つたものもある。又近代支那語から來たものは漢語とは言はず、古く漢字に伴はずして入ったと思はれる「うま」(馬)「うめ」(梅)の如きも亦漢語とは言はない。又漢字音の語が純粹の日本語と合して複合語を作つたものも漢語とは言はない(敷地・身分・小僧など)。


漢語の種類】 形から見れぱ、漢字一字の語(天・地・靈・功など)と、二字以上の語(これを熟字又は熟語といふ。人倫・財寶・宇宙など)があり、字音から見れば、漢音の語、呉音の語、また稀に唐音の語などある(中には、音の相違によつて意味の相違あるものもある。工夫のクフウとコウフ、利盆のリエキとリヤクの類)。由來から見れば

(一)支那漢文に用ひるものをそのまゝ用ひるもの(天地・草木・禽獸・仁義・烏有・頓首の類)と、

(二)日本に於て新に作つたもの

とがあり、後者には、新に命名するために漢字によって作ったもの(太政大臣・參議・汽車・電話・飛行機の類)、日本語に基いて支那式の名を作つたもの(筑紫を紫陽、近江を江州、物部姓を物、堀氏を屈といふの類)、日本語を寫した漢字音讀して新な漢語が生じたもの(「ものさわがし」を物騒と書いたのを音讀してプツサウとし、「いできたる」を出來と書いたのを音讀しでシュッタイとする類)などの種類がある。又用ひ處から見れば、

(一)漢文又は文章話にのみ用ひて口語には用ひぬものと、

(二)通俗化して口語にも用ひるもの

との區別があるが、この區別は時代によっても異なリ、十分嚴格に立てる事は出來ないが、大體は認められる。さうして漢語といふ意識は前者の方が強いのを常とする。


漢語日本化上代に、漢文を學んでこれを日本語に譯する時、譯し難い語は、そのまゝ音讀したであらう。これが日本語中に漢語が入った最初であらうと考へられる。然しながら、それは漢字を使用することを知つてゐる極めて少數の人々の間に限られ、且つ漢文を譯する揚合に限られたことであつて、普通の口語とは殆ど關係が無かつた事と思はれる。推古天皇の時、支那と直接交通を開き、鋭意支那の文物を輸入し、その制度を採用するやうになつてからは、漢文を學ぶものが多くなつたので、漢語も次第に口語に混用せられ、奈良朝に至つては、歌にさへ「法師」「繪」「過所」「雙六」「采」「布施」など漢語がまじるやうになり、宣命のやうな文には」かなり多くの漢語が用ひられた。平安朝に入つては、漢文學は益々盛であり、、官名の如きも支那に於けるものを用ひることがある程であつたから、(大臣を丞相、參議を宰相、檢非違使を廷尉といふ類。これを唐名といつた)、漢語の通俗化したもの多く、漢文を學問とした男子の言語は勿論、女手言語にも入り、名詞としてのみならず、副詞としても用ひられ(「掲焉」「見證」など)、また動詞として語尾活用させて用ひるものさへ出來た(「裝束」を「さうぞきて」など)。鎌倉室町時代に於て、佛教の平民化と共に、僧侶の言語に用ひた漢語が、一般民衆口語に入つたものが多かつたらしく、漢語はいよ/\通俗化して、自由に用ひられ、また變體の漢文の發逹・變化、漢字の濫用と共に、いろ/\新しい漢語も出來たやうである。又この時代には、宋元以後の漢字音(當時宋音といった、今は唐音といふ)の語も傳はり、僧侶社會から次第に世にひろまった(「和尚」「普請」「行脚」「鈴」「蒲團」など)。江戸時代に於ては、學問が次第に庶民階級に及び、漢語口語に用ひられる事も多くなつた。明治以後、漢文から出た假名交り文が行はれて、普通の文章語漢語が多くなつたと共に、西洋から輸入した新しい文物の名として、或は新な漢語を作り、或は古典に見える漢語を應用したために、自ら漢語が多くなり、教育の進歩と印刷物の普及とによつて、益々一般化し通俗化して口語に用ひることが盛んになつた。各時代を通じて漢語を用ひるのは男子の言語の方が多いのであるが、近來はかやうな點に於ける男女の言語の相違は無くならうとしてゐる。


【參考】現代の國語 日下部重太郎

漢字要覽 國語調査委員會

國語史概説 吉澤義則〔橋本〕

新潮日本文学大辞典

漢語語彙国語の中に用いられる中国起源の語で、主として漢音呉音(各別項)で唱えらるるものをさす。元来漢語というのは中国で外国の語に対して自国の語をさして言ったのである。漢語日本に伝来したのは、すこぶる古い時代のことであろうが明らかでない。史に伝えるところでは応神天皇の御代に百済《クダラ》の博士|王仁《ワニ》が来朝して皇太子に諸の典籍を教えたということだから、そのころには漢語が伝えられたことであろう。それより後しだいに広く行われたのであろう。推古天皇の朝に、聖徳太子が撰せられた憲法(六〇四)には漢語が著しく用いられ、大化改新(六四六)以後公式の文書漢音を本体とすることに定まり、明治維新まで千二百年も続いた。そのような時世だから、公私の用文漢語を骨子とし、固有の国語はそれの附属物のように取り扱われた趣がある。そのなごりが今日に至っても著しく、議会・裁判所・行政官庁、地方政治の自治体、学校・会社・銀行、交通通信の機関、法律・経済・教育・学問・芸術、農・工・商その他の産業等、国家・社会の組織・経営・運用等に関する名目、人間日常生活の物資、様式の名称等ほとんどすべて漢語であり、「大蔵省」「役場」「頭取」「取締役」「小使」ぐらいが、わずかに国語であるという有様である。『言海』に載せた語の統計を見ると、和語百に対して漢語六十の比である。これをもっても漢語の勢力の大なることが知られる。『言海』に漢語としたものは唐音の語を除いたのである。唐|音《イン》(別項)というのはまた宋音とも言い、中国の宋・元時代の語を、その時代発音のまま移しきた語をさすが、明《ミン》・清《シン》時代の語もその部類とする。餡《アン》・行脚《アンギヤ》・杏子《アンズ》・急焼《キビシヨー》・馨《キン》・石灰《シツクイ》・竹箆《シツペイ》・炭団《タドン》・毯子《タンツ》(今、緞通と言う)・鍛子《ドンス》・暖簾《ノンレン》・(今、ノーレン)・瓶《ビン》・普請《フシン》・蒲団《フトン》・払子《ホツス》・鈴《リン》・綾子《リンズ》(今綸子と書く)等がその例である。また・絵《エ》・銭《ゼニ》・相《サガ》(世の相)・性《サガ》(人の性)等、中国起源の語だが、甚だ古くて漢語という意識の伴なわなくなった語をも、普通には漢語として数えない。常識的に漢語とは主として漢音呉音で呼ぶ語をさすのである。漢音呉音のことは厳密には、なかなかめんどうなこともあるが、だいたい本邦古来の字書の伝え来たところによっていうのである。

【分類】(一)漢語をその字数の上から分けて見て一字の語、二字の語、三字の語などとすることができる。

(1)一字の語で日常用いるものを少しあげると、印・運・香・雁・灸《キユー》・菊・金・銀・客・苦・会・藝・剣・碁・菜・象・詩・蛇《ジヤ》・性・税・膳・損・宅・茶・蝶《チヨー》・得・毒・肉・薄《ハク》(俗に箔)・法・番・麩《フ》・福・文・本・豹《ヒヨー》・盆《ポン》・幕・蜜・面・門・紋・柚・蘭《ラン》・蝋《ロー》・零・〓《ワク》(俗に枠)・炉《ロ》・椀《ワン》・円などがある。漢語一字一音節で、音韻組織が国語と違ってすこぶる複雑だから、その発音をそのまま国語音韻表現することが困難な場合が少なくない。したがって漢語としては一音であるけれども、国語では多くは二音になる。ただ我・気・句・九・下・五・碁・差・座・四・詩・字・他・地・図・二・美・麩・柚・余・里・利・炉・和・胃などが一音のまま用いられている。

(2)二字の語は甚だ多い。

(イ)草木の名では桔梗・金柑・甘藷・胡麻・牛蒡・柘榴・菖蒲・紫蘇・水仙・西瓜・蘇鉄・芭蕉・枇杷・葡萄・牡丹・臘梅・林檎・碗豆等、

(ロ)薬品・香料等の名では緑青・雲母・水銀・硫黄・珊瑚・岱緒・群青《グンジヨー》・胡粉・水晶・號珀・真珠・丁子・麝香《ジヤコー》・樟脳・砂糖等。

(ハ)器物およびその材料の名では尺八・琵琶・太鼓・羯鼓・篳篥・横笛・香炉・払子・厨子・頭巾・帽子・障子・屏風・燈籠・蝋燭・象牙・犀角・柴種・黒檀等。

(ニ)禽獣等の名では、鸚鵡・孔雀・鳳鳳・鶺鴒・獅子・麟麟・猩々・水牛・駱駝・驢馬・猟虎・人魚・金魚等がある。

(ホ)学問・芸術・宗教等無形の思想又文化に関する語で二字のものは甚だ多く、一々あげることができない。日常用いる抽象的の語は儒教仏教に源を有するものが大半である。

(3)三字の語は二字の語よりははるかに少ないが、次々に新語(別項)が造られて行くのは三字の語に多いから一字の語よりも多いかと思う。今までに行われているものでは、

(イ)物の名として爽竹桃・秋海棠・鳳仙花・天門冬・落花生・九官鳥・七面鳥・孔雀石・大理石・金剛石・花崗岩・有機物・地球儀・芭蕉布・葡萄酒・蒸気船・阿仙薬・安息香・石炭酸。

(ロ)学問・芸術・宗教上の名目としては明経道・入木道・按摩術・高麗楽・黄鍾調・万歳楽・写真術等、

いくらもあるが、道・学・術・人・者・所などの語に二字の語を加えれば、いくらでもできることになつている。

(4)四字以上の語は多くない。これらは多く、東西南北・春夏秋冬・世襲財産・合資会社・象形文字森羅万象木火土金水・三干大千世界のように幾つかの語を重ね集めて造ったものである。漢語は厳密にいえば支那に行われたものが本邦に伝わったものに限って言うべきである道理だけれど、本邦において、漢字を利用して漢語の形に似せて作ったものが少なくない。それらも今は広く漢語の部類として取り扱うべきであろうが、それらのものは近世に至っておびただしく生じている。中国から本邦に伝わったものは、直接に伝え受けたものもあろうし、仲介者から伝わったものもあろうし、また書籍などから間接に伝わつたもの等いろいろの事情によって伝わつたであろう。今一々それらを論ずることはできない。

(ニ)漢語をその表わす事項の方面から見ると、有形の品物を表わすものと無形の事項に関するもの等種々の別がある。

(1)有形の品物を表わす例は、上にあげたものの多くがそれである。そのうちには本来日本にあった物が、新たに渡来した漢語で呼ばれて、和名を言わなくなったものもあろう。鶺鴒・蝶・山椒・菖蒲・門・客などがその例である。しかし多くは中国伝来の珍奇の異物がその名称とともに歓迎せられたり、医術・仏教等本邦にまだなかった事項、また音楽・美術・建築・工芸等、また制度・文物・学問に関する事項等、多量に漢語を伝えたことは一々説くまでもあるまい。

【特質】その漢語国語の中でいかなる位地を占めているかと見ると、その大部分は体言として取り扱わるべきものであるが、それもその百中九十九までは名詞として取り扱われるのであって、代名詞としては「朕・余・僕」くらいのもので、それも限られた場合に用いるだけである。数詞は今ほとんどすべて漢語を用いるが、それでも国語のヒトツ・フタツなども用いないのではない。漢語は時に副詞として国語の中に用いられることがある。その時は「極」「至極」「折角」「都合」「一切」「大抵」のように、そのまま用いられる場合と「丈夫に」「楽に」「気楽に」「漠然と」「歴とした」の、ことく助詞「に」「と」を伴なって用いられる場合とがある。また同じ字であって、その読み方によって多少意味用法とを異にするものもある。「直(ヂカ)に火にあぶる」「直(ヂキ)参ります」「直(ヂキ)にあんなことをする」などがその例である。用言として用いられる時は漢語そのままでなく、多くはサ行三段活用(↓サ行変格活用)の「す」を伴なって動詞の形と性質とを備えるのである。議論する・出張する・命ずる・感ずる・要する・利する等が、それである。また、その漢語の尾音に基いて用言としての語尾変化を起さしめて、形容詞または動詞の形と性質とを備えしめたものもある。可愛い・四角い・非道い・乞食く・装束く・彩色く・力む・目論む・料(理)る・下卑る・退治る・〓《デッチ》る等が、それらの実例である。なお、このほかに接尾辞を加えて用言とすることがある。それは国語名詞に準じたものであるから一々例を示さぬ。漢語国語内に侵入している区域は、上のように体言副詞用言との三類、すなわち観念語の範囲にとどまり、助詞の区域には一歩も侵入するを許さないのである。しかし用言の性質をもって取り扱われる漢語には往々漢語そのままの形で、ある程度の陳述能力を含ましめることがある。例えば「京都へ出張のついで」(正しくは京都へ出張するついで)「当社に百日参籠の大願」(当社に百日参籠する大願)等は「出張する」「参籠する」という意味と性質とを「出張」「参籠」という語に与えたものであり、それに似た用法のものとしては「芝居を見物に(見物しに)出かける」「友人を訪問に(訪問しに)行く」「あの人を御覧(御覧ぜよ)」「真平御免(御免せられよ)」等がある。これらはその漢語用言としての性質が与えられていることを示すもので、漢語の勢力のここまで浸透していることを示すものである。本邦で漢語に似せて作つたものは、一々説くことはできぬが、最も注意すべきは国語に読むためにあてた漢字を、音で読んだために漢語のように思わせるものが少なくないことである。「大根」(オホネ)「火事」(ヒノコト)「返事」(カへリゴト)「出来」(シュッタイとよむ、本語デクル)「尾籠」(ヲコ)「御座る」(オハシマスを御座と書いたのを音読して、さらに用言「アル」を加えたもの)等、その例である。かようなこともあるから、漢語の研究調査を根本的に行うことが、国語のために、きわめて重要な事がらである。↓漢字漢字音複合語。     〔山田孝雄

 〔参考〕

『国語の中に於ける漢語の研究』山田孝雄

古点本の国語学的研究』中田祝失。

婦人雑誌用語』(国立国語研究所報告4)

国史大辞典 築島裕

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