橘守部

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橘守部

守部 もりべ 國學者

【業績】〔國語學者として〕守部には、「山彦册子」「鐘の響」(各別項)等、古典中の難語を解釋したものがあり、中には國語學上注意すべき説が少くない。專ら國語學に關するものとしては「てにをは童訓」「助辭本義一覽」(別項)「五十音小説」(別項)等がある。「てにをは童訓」二卷は、宣長の「てにをは紐鏡」及び「詞の玉緒」(各別項)の説に基いて、手爾波呼應の關係を説いたものであるが、屡々宣長の説を駁して居り、又不備を補つてゐるが、その中には肯綮に中つたものが少くない。「助辭本義一覽」も「紐鏡」や「玉緒」の説を土臺にして、これを反駁的に批評しながら、助辭即ち手爾乎波の語義用法を説いたもので.所説頗る詳細で、宣長の不備誤謬を訂正した點も少くない。併しその説明の過半は、謂はゆる音義説に依つたものであつて、直ちに信用し難いものである。「五十音小説」は音義説に依つて.五十音圖の組織及び内容、國語延約活用等を説いたもので、守部音義説の精髓とも云ふべきものであるが.その説くところは今日では殆ど用ひ難いものである。一體音義説守部以前にも幾分行はれてゐたのであるが. 專らこれに依つて國語の語義を説かうとしたのは守部に始まる。守部は初め簡單な助辭の類を説くに際して.多くの用例から一つの原義を抽象し、やがてこれを複雜な語にも應用し、以て音義説を組織したのであつて、それは語原研究の一種であるが、今日から見れば研究の過程に獨斷的なものがあり、その結果は牽強附會に陷り、容易に信じ難いものであるが、守部以後には、一部の學者(富樫廣蔭堀秀成等)に用ひられたものである。

守部には.この外「さき草」一卷がある。「さへ」「だに」「すら」の別を説いたものである。又「類語品彙」五十六卷(寫本)、「俗語考」二十二卷、「雅言考」十二卷、「千世の古徑」九卷(寫本)等の辭書類の未定稿のものがある。これを要するに、守部は一面頗る几帳面な學者であつて、用語例等を統計的に研究し、歸納的に結論を出してゐるが.また一面言語に對して鋭い直覺力を持つてゐた。この二方面が守部の學問を組織したのであつた。しかし惜しむらくは、國語の方面に於ては、直覺力の方がより多く働いた爲めに、獨斷的な音義説に傾いてしまったことである。

        〔以上龜田〕

http://blog.livedoor.jp/bunkengaku/archives/25296808.html

「閲歴」等は森銑三、「歌人として」は窪田空穂。共に著作権残存。



PDD図書館獨澄旻さん)の人名辞典に項目あり。
http://www.cnet-ta.ne.jp/p/pddlib/biography/frame.htm

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